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椿の下で眠る父から最後に教わったこと

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:林檎(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
一年ぶりだった。
春には満開の花を咲かせるしだれ桜の森の中、冬のよく晴れた日に椿の木の根元に肥料をまいた。
「お父さん、今年もみんなで来たよ」
椿の木に母がそっと話しかける。
今日は父の命日。椿の木は実家の墓である。両親は「樹木葬」という葬儀方法を選び、生前に墓所を購入していた。今、父は墓石ではなく椿の木の下で眠る。
 
父が亡くなって五年が過ぎた。胃がんだった。手遅れの状態で発見されたため、標準治療は受けず緩和ケアと自然療法だけだったが父は「もう一度健康になる」
と希望を持っていた。そのためか闘病生活は病人とは思えないほどに元気だった。
父と母の最後の日々は穏やかに過ぎていった。まるで暖かい冬の日、小春日和のような二年間だった。その二年間が父にとって本当はどんなものだったのか、私が思い知らされるのはもっと後のことだった。
 
「お父さんと毎日散歩に行っててね」
父が亡くなってから母はいつもその話をする。
「ずっと元気に歩いていたんだけど、ある時からどんどんその距離が短くなっていってね」
元気だった父の命が急速に削られていくのを、母は二人の日課である散歩で実感したのだ。
そして父は歩くこともできなくなり、ほとんどの時間を寝て過ごすようになる。
 
それでも父はあきらめなかった。ある日突然電話してきて、
「今度の検査は、いい結果が出る気がする」
と伝えてきた。
そんなはずはない、そうとしか私には思えなかった。父の声は力なく、聞き取るのにも一苦労だった。
「よかったね。いい結果出るといいね」
心とは裏腹な言葉しか返すことができなかった。
 
初めて父が泣くのを見た。
ベッドの上で、大声を出して泣いた。
「来てくれてありがとう」
「みんなが来てくれて、嬉しい」
まもなく、父は入院した。病院でも父は泣いた。
「来てくれてありがとう」
父は何度も繰り返し、大声で泣く。それは、意識がはっきりしなくなるまで続いた。
入院して一週間、父は静かに逝った。
 
病室での父は、
「ありがとう」
ばかり言っていたような気がする。世話をする母に
「すまないね、ありがとう」
看護師さんに、
「ありがとうございます」
と、繰り返す。体調が良いときは笑顔すら見せた。
私が知る父は、不愛想で
「笑ったら損」
とでもいうようにいつも仏頂面、ありがとうなんて口に出して言うなんてあり得なかった。
体はとても辛いはずなのに、なぜなのお父さん。
 
「体調が悪くなると、感謝の気持ちでいっぱいになる。でも、体調がよくなると、死ぬのが怖くなる」
二十年ほど前、癌で若い命を散らした友人が、闘病中に残した言葉をふいに思い出した。
父もそうだったのだ、と思い当たった。あの時、本当に辛かったからこそ感謝しかなかったのだ。
 
そして健康な人と同じように過ごした二年間の闘病生活は、父にとって本当はどうだったのだろう。その穏やかに見えた生活の中で父は、必死に死の恐怖と戦っていたのではないだろうか。そう思い当たったとき、私は愕然とした。
それはいったいどんな感じなのか、
実家に行くと、いつも静かに新聞を読んだりテレビを見たりしていた父は、昔と変わらなかった。死と隣り合わせであるということが、頭では理解しても実感としてわからないのだ。父は孤独だったのではないだろうか。誰も本当にはわかってくれない気持ちを一人で抱えていたのではなかろうか。
 
そう思い、悶々としていた私の心を救ったのは母の言葉だった。
「お父さんは幸せだったと思ってる。自信あるんだ」
そう言ったときの母の表情は確信に満ちていて、
「ああ、綺麗だな」
と場違いにも思ってしまった。
父と母の日課の散歩は免疫力を高めるのが目的だったが、母は一緒に散歩することで父と共に戦っていたのだろう。ある日を境にその距離がどんどん短くなっていくのを、父の命が短くなっていくことと重ね、覚悟を決めていたのではないだろうか。
それでは父は、孤独なばかりではなかったのだろう。一緒に人生を歩いてきた母が、最期まで寄り添って歩いていたのだから。本当にそうかどうかわからないが、そう考えることは少し慰めになった。最後にありがとうで幕を引けるようにできているなんて、人生やっぱり悪くない。
 
「ここはなんだかホッとするね。お墓なのに」
父の眠る霊園を眺めながら母が言う。確かに緑が多く爽やかで、気持ちのいい場所である。
「お父さんは、ありがとうばっかり言ってたね」
「あら、そうだっけ」
母はケロリとそう返す。拍子抜けした私は、続けようとした言葉を飲み込んだ。
「あれ、お母さんに一番言いたかったんだと思う」
本当にありがとう、ありがとうばかりだった。やっぱり幸せだったんだね。
「お腹すいちゃったね、ご飯食べにいこう」
そう言う母もやがて最期はありがとう、と言って父の許にいくのだろう。
「何でも好きなの食べていいからね」
「あら、ありがとう」
そう言いあいながら霊園を後にした。
「また、来年来るからね、お父さん」
 
 
 
 
***

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2020-05-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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