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いたずら電話の2週間


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:きさらぎ満月(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
その晩も、私は電話を相手に喘ぎ声を上げていた。
20年以上前、就職して一人暮らしを始めた頃だった。
 
就職前は、九州の親元を離れ、中部地方の大学の学生寮に住んでいた。大手の会社に入社し、数週間、会社の研修所の寮に入った。その後、埼玉の支社に配属され、初めて一人暮らしをすることになった。
体験してみないとわからないことがあるものだ。
例えば、賃貸の部屋の天井には照明器具が付いていないのを初めて知った。会社が用意した借り上げ宿舎で、事前に室内を見ることができなかったのだ。
初日の夜は、たまたま持っていたデスクライトをポツンと付けて、ラジカセでラジオ番組を聴きながら、床でコンビニ弁当を食べて過ごした。
ラジオ局にリクエストを送ってみたけれど、採用されなかった。
 
数日後、部屋の固定電話に電話がかかってきた。当時は携帯電話を持っている人はまだ珍しかった。
「俺だよ、俺」
オレオレ詐欺などという言葉がない頃で、私は知り合いからかかってきたものだと疑わなかった。
「町山さん?」
同じ会社の新入社員で、今一緒に新人オリエンテーションを受けている同期の名を呼んだ。
「そう」
その声は確かに同期に似ていた。そこからは、今日受けた研修の話になった。たぶん話をしていたのは私だけで、相手は相づちを打つだけだったのだろう。
 
そしていつのまにか、テレフォンセックスが始まっていた。
どうしてそうなったのかわからない。
 
次の日もオリエンテーションだった。私の仕事は技術職で、早番・遅番があるシフト勤務だ。同時に配属になった4人の新人は、2週間一緒にオリエンテーションを受けるが、その後はチームに配属され、勤務時間もバラバラになる。
チームに配属になった後は、現場で訓練を受け、資格試験を受ける。この支社では全ての資格を取るのに標準で4年以上かかる、と言われていた。成績が悪ければ、資格が取れないこともある。
 
オリエンテーションの休み時間、町山さんと話してみると、昨日の昼間と全く態度が変わらなかった。
やっぱりな。ゆうべの電話の最中、町山さんじゃないかも、とは思っていたんだ。だって、町山さんには、別の支社に配属された同期の彼女がいるもの。
でも、テレフォンセックス目当てのいたずら電話かもと思いながらも、ゆうべは電話を切れなかった。
 
数日後、電話男からまたかかってきた。
「町山さんじゃないでしょ」
相手はすぐ認めた。そしてテレフォンセックスが始まった。
これはおもしろいかも、と思った。知らない相手とテレフォンセックスをするなんて、笑える。それに、いたずら電話をかけて遊ぶような人は、今まで自分のまわりにいなかった。どんな人なのか興味がある。
 
次の日の昼休み、研修仲間とランチをしながら、「いたずら電話を相手に、適当に喘ぎ声を上げていかせている」と話した。かなりウケた。
 
それからも数日おきに、電話男から電話がかかってくるようになった。
ひとしきり喘ぎ声を上げた後、しばらく話をするようにした。
電話男は埼玉出身だった。たぶん、歳は私と同じくらい。仕事はペンキ塗装。
ペンキ塗装か。確かに自分のまわりにはいない。4大卒をひけらかすつもりはないが、おそらく学歴も興味も違うであろう電話男と、なにを話題にすればいいのだろう。
「埼玉に住むのは初めてなんだけど、埼玉の自慢ってなに?」
「ない」
埼玉ネタは続かなかったが、食べ物やテレビ番組など、当たり障りがない話をした。私の仕事の話はしなかった。
 
次の休みに、職場の先輩に車を出してもらい、ホームセンターに行って、家財道具を揃えた。
天井に照明、窓にカーテン、床にテーブル。ガスコンロも冷蔵庫も買った。これでまともな食事ができる。
15歳ほど年上のその先輩は、女性で初めてこの技術職に採用された人だ。バリバリに仕事ができる人だが、とても優しい。先輩は近くの温泉に連れて行ってくれた。
お湯に浸かりながら、仕事や生活の話を聞いた。なんとかやっていけそうな気がした。
 
オリエンテーション期間が終わる頃、電話男との会話は、テレフォンセックスよりもおしゃべりがメインになっていた。他愛もない世間話だ。話してみれば、普通の人だった。
そろそろ潮時だと思った。
 
彼と私の間には、絆が生まれつつある。だが、私は彼を見下していることを否めない。それは彼に対して失礼だ。
いや、単純にこの会話に飽きてしまった、というのが本当のところかもしれない。
 
初めて電話がかかってきたあの日、私はとても心細かった。初めての一人暮らし。難しい技術職で採用されたものの、自分に資格が取れるかどうかわからない。
そこにかかってきたあの電話に、私はすがりついた。私はあの電話をおもしろがっているつもりだったが、実はなぐさめられていたのだ。そして、もうなぐさめはいらなくなった。
 
電話をやめよう、というと、彼は会いたい、と言った。
「会わないほうがいいよ、がっかりするから」
彼は素直に引き下がった。電話は二度とかかってこなかった。
 
その後、私はつまづきながらも訓練を終え、全ての資格を取得した。9年後転勤で埼玉を離れたが、今でも一人暮らしで同じ仕事を続けている。
あの時、彼も寂しかったのだろうか。
今頃結婚して、幸せに暮らしているといいな、と思う。
 
 
 
 
***

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2020-05-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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