悠久の風が吹く村
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:三浦加奈子(ライティング・ゼミ日曜コース)
風を感じるということ。
目には見えないけれど、何かの揺らめきで
あるいは何かのはためきで、風を感じることができる。
感じ方はそれぞれで、同じ場所なのに違う。
決して同じ風は吹かない。
けれども、古(いにしえ)から吹いて来るような風もある。
そんな風を感じさせてくれるのが、
明日香村の風である。
大学に入って間もなく歴史科の友達と仲良くなって、
「日本の歴史に興味があるんで、発掘調査のアルバイトでもしてみたいなぁ」
ほんとに何気なく言った一言だったのに、
間もなく友達は、奈良県立橿原考古学研究所付属博物館のバイトを紹介してくれた。
公のバイトだから、バイト料なんてタカが知れている。
やることと言ったら、地味な発掘調査の補助と遺物整理。
言うほど歴史が好きだったわけでもなかったので、
ちょっとやって、すぐに辞めようと思っていた。
だけど私はしばらくしてそのバイトに夢中になった。
奈良の真ん中より少し上の辺りにある明日香村の
「伝承飛鳥板葺宮跡(でんしょうあすかいたぶきのみやあと)」言う発掘現場で
調査補助をすることになったからだ。
ここは、飛鳥京という都があったとされる場所。平城京の少し前の時代になる。
言わば、宮殿跡地では無いかと言われている現場なのだ。
そもそも明日香村とは
かの石舞台古墳や壁画が有名な高松塚がある所って言ったら、思い出してくれるだろうか?
聖徳太子が出生した所でもある。
小さな村なのに、いくら時間があっても足りないくらい遺跡の多い所だ。
それなのに、観光地とは思えないくらい穏やかな村でもある。
発掘現場は広大で、全部掘り起こして調査し終えるのに何十年もかかると言う。
「もうどこ掘ってもお宝が出て来そう」
と言ったら、
「そや! すごいやろ?」
担当技師のIさんの目が笑ってた。
夏は日差しが厳しく、日射病にもなりかけた。
汗まみれの顔が、真っ赤から真っ黒になり、
Tシャツも泥だらけになって帰る途中、若い男性に後ろから声をかけられて、
振り向いたら素通りされた。
そんな乙女心を傷つけられるようなこのバイトは、
お世辞にも若い女の子にお勧めのバイトとは言えない。
冬は冬で厳しい寒さで土は凍てつき、こんころりんになるほど着込んで、
かじかんでしもやけになりかかった指先を、焚火で温めながら調査した。
発掘調査のバイトは、結構過酷である。
担当技師のIさんやKさんは、時には厳しく、時には優しく、
熱心に飛鳥の歴史を教えてくれた。
博物館の分室で缶詰めになって遺物整理をしていたら、
Kさんが、一緒に働いていたメンバーと共に声をかけて、
「勉強しに行こうか」
と実は、飛鳥の史跡巡りに誘い出してくれたことも何度かあった。
飛鳥寺の飛鳥大仏の気品ある美しさ、岡寺の五重塔の荘厳さ、
酒船石の不思議さ。
全てが、それまでさほど考古学に興味が無かった私でさえ、興味を駆り立てるものがあった。
橘寺で、聖徳太子の幼名が実は「厩戸皇子(うまやどのみこ)」で
馬屋で生まれたらしいと聞いて、キリストか! とツッコんで笑ったこともあった。
一般の人は立ち入れない所も見せてもらえたという数々の貴重な体験は、発掘バイトの特権でもある。
毎回、見る物、聞くもの、触れる物、全てが新鮮で、それまでさはど考古学にさほど興味が湧かなかった私でさえ、想像力を駆り立てるものがあった。
そうなると、発掘現場から出て来る遺物全てが、輝いたお宝に見えてくるから不思議なものである。
だからもしも明日香村に行くなら、11月の天高く馬肥ゆる秋が一番いいだろう。
空の天井は高く、目の覚めるような青さ、稲穂が実って黄金色にたわわに揺れ、
木々は赤く染まり、あちらこちらで古いお寺の時を告げる鐘の音が響き渡る。
まさしく秋の風景を切り取ったような美しさがある。
暑くも無く、寒くも無く、
心地いい風はたゆまなく行き過ぎる。
なんて幸せな所で私はバイトしているのだろうと、思わずにはいられなかった、あの頃は。
去年の夏、もう何十年かぶりに明日香を友達と訪れた。
夏の暑い日、さえぎるものが無い明日香の日差しは、やっぱりきつかった。
村は観光地化が進み、石舞台古墳も高松塚も見違えるほどきれいに整備されていた。
それでも発掘現場は場所は移動していたものの、
掘っ立て小屋のようなプレハブの建物と、あの現場風景は変わらなかった。
技師が現場の発掘を担当するおっちゃんらに、声をかけてしきりに何か指図していた。
あの日の技師のIさんが、そこにいてるかのようだった。
そしていつかのあの日を思い出した。
私が調査補助をしていたら、Iさんが櫓(やぐら)の上から声をかけて来た。
現場の全体図の写真を撮るために建てた櫓だ。
Iさんがおいでおいでをしてるので、私は興味津々でその小さな櫓によじ登って見渡したら、
風がサァーっと吹いて来て、汗ばんだ私の顔を心地よく撫でた。
Iさんは得意げに私に言った。
「どうや? 古代ロマンの風を感じたか?」
私はきょとんとしてしまった。
「古代ロマンの風って一体何ですかぁ?」
「もうええわ」
Iさんは苦笑した。
古代ロマンの風、なんていい言葉なんだろう。その時理解できなかったのが後で悔しくなった。
技師のIさんは、明日香には約1300年前の古代からの風が、今と変わらず吹いていると言いたかったのだと。
明日香は歴史がゆったりと静かに育んだ村。
かつては豪族や天皇家で栄えていた京(みやこ)で、
蘇我入鹿や聖徳太子が、肩で風を切って歩いていたかも知れないこの道。
明日香で風が吹いてくると、目をつぶればそんな光景がおのずと浮かんで来る。
あれから私は確かに風が好きになった。
***
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