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家出する狸


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Yuko Kimurav(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
我が家の犬が消えた。
「自由に走らせてあげたい!」と言いながら、
大きな公園で父は、犬の首輪からリードを外した。
「父らしいな」と、心の声が思わず私の口から出ていた。
 
知らない人ばかりの、大きな公園。
戸惑いながら我が家の犬は、一歩、一歩と足を動かした。
 
我が家の犬は、保健所から貰ってきた犬。
その犬は、山に2匹、放浪しているところを捕獲されたという。
捕獲後は、保健所へと収容され、収容期間は決まっていた。
その期間とは、悲しくも命の期限。
知らない犬ばかりの、小さなゲージの中。
ただただゲージの隅に、兄弟とは離れ、顔さえ上げることなく座っていた。
散歩しようと首輪をつけようとしても、走って逃げだした。
 
幼い頃の記憶は、誰にもわからない。
「人は、怖くないよ」とそれだけを伝えたくて、必死に保健所の人は接したという。
「この犬に、友達はできるのだろうか」
そんな心配もあったが、明日、誰が迎えにきてもいいようにと、希望を捨てなかった。
 
保健所の人の努力もあり、震える体とキョロキョロした目をしながら、
小さな段ボール箱に入れられ、我が家にやってきた。
 
「やっぱり、どう見ても、狸だな!」父が気に入った点は、そこだった。
たしかに、耳は丸く、目の周りは真っ黒、丸っこい感じで、
「狸、連れて帰ってきたの?」と思った。
 
そんな狸のような犬が、大きな公園で、首輪ひとつ。
最初は、飛んでる蝶々を追いかけたり、草を食べながら楽しんでいた。
少し距離が離れたと思った父が、名前を呼ぶとこちらに戻ってくる。
 
私は、平和な光景に微笑みながら、大好きなアイスを食べていた。
 
だんだん慣れてきたのか、走るスピードが早くなり、
テレビで見るようなチーター走りをしていた。
 
「あんな走り方できるの? 早いなー!」とひとり運動会を家族で眺めていた。
 
そして、すさまじい速さで、急に消えた。
 
父が呼んでも、戻ってこない。
 
近所でも「ビビリ狸?」とあだ名がつくほどの怖がりや。
私たちは完全に安心しきっていた。
 
私は、母といつもの散歩ルートを歩き、名前を呼んだ。
父は、道行く人に聞きながら、私たちとは逆の散歩ルートを捜し回った。
 
見かけた人も何人かいた。
「心配して近寄ったけど、走ってあっちに逃げちゃったよ」
「野犬が噛むかと思って用心したけど、下を向いて走って逃げてったよ」
「人を避けて歩いてる犬、見かけたわよ」
見た目は雑種で、よくいる外見だが、想像通りの目撃証言だった。
 
「まだ近くにいる」そう思うと、
父と母は、声が枯れるまで名前を呼び、探し続けた。
 
知らない人には、連いていかない。
きっと記憶のある場所にしか行かない。
私は、かすかな希望を抱き、ひとり車で待つことにした。
 
それから、あっというまに4時間が経過していた。
 
疲れ切った母は、車に戻ってきた。
「もう帰ろうか」と諦めかけたその時、母の携帯が鳴った。
それは、父からの電話だった。
 
「見つけたよ!!! 散歩でよく、休憩してるとこに座ってた!!」
電話口からは、父の嬉しそうな声が聞こえた。
 
5分も経たないうちに、笑顔の父と何事もなかったかのように我が家の犬は、車に戻ってきた。
「やっぱり、家族だからな。もういなくなるなよ」
父は、犬の頭をポンポンと叩き、なでた。
 
その2日後、玄関の門が開いている隙に、我が家の犬がまた走り出した。
父は急いで追いかけたが、道路の前でじっと座っていた。
名前を呼ぶと、自ら家に戻ってきた。
 
父は、犬と玄関前に座り込み
「大事な家族だからな」と犬の頭をポンポンと叩き、なでた。
 
あれから3年。我が家の犬は、脱走することはなくなった。
今では、家で過ごしていると、仲の良い犬友達が
「ワン! ワン! 遊ぼ! 遊ぼ!」と散歩中に飼い主を引っ張って会いに来たり、
リードを引きちぎり、飼い主抜きで遊びに来る犬もいた。
 
「この犬に、友達はできるのだろうか」我が家に来たとき、
保健所の人が心配していたように、両親もそう思っていた。
 
自分の体の半分のサイズのチワワに吠えらたとき、
父の後ろに急いで隠れたり、蝉の抜け殻が怖くて犬小屋に入れなかったり。
今も少し「ビビリ」ではあるが、リビングに座ってる姿は「人」に化けているようにも思える。
 
昔あった悲しいことは、脳裏から離れないことがある。
それは、私も同じだ。誰かがそばに寄り添い、同じ時間を過ごしてくれる。
それは、たくさんの奇跡と感動がある。
 
きっと、我が家の犬も父の記憶からも、あの脱走した時間は消えることはないだろう。それどころか、私は、父の諦めない心の強さに感動し、今ここで文章を書いている。もしかすると、それは、私にも伝えたかった言葉なのかもしれない。と、私に一歩踏み出す勇気を与えてくれた。
 
そして、保健所という場所が、動物たちにとって「死」を待つ場所ではなく、「新しい家族」を待つための明るい未来の場所になってほしいと強くも思った。
 
今日も我が家の犬は、家の周りをパトロール中。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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