fbpx
メディアグランプリ

私を傷つけた夫の言葉は、私を救う優しい言葉でもあった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:渡辺まほ (ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
ただ、「おやすみ」を言いに言っただけのはずだったのに……。
今はただ、涙がジワジワと溢れてくる……。
 
0時を過ぎ、そろそろ寝ようと歯を磨いた。
夫は自室に閉じこもっている。
結婚して10年。子ども達が寝てからの時間はお互いの一人時間。
私は居間で、夫は自室で時間を過ごすことが多い。
お酒を飲みながらYouTubeを見ているのだろう。
「おやすみ」を言いに部屋を覗くと、夫は本棚に本を入れているところだった。
 
夫は本が好きで、月に何冊か購入している。
本棚の中は既に満杯で、あふれた本達は本棚の天板上で、天井に向かってタワーを作っている。
お気に入りの本は棚に飾られ、そうならなかった本はタワーの一部となっているようだった。
「棚に入る本の基準ってなんなの? 読んで面白かったってこと?」
「うーん、それだけじゃないかな。こうやっぱり格好つけて入れてる本もあるよ」
少々赤い顔をして夫は滑らかに話し始めた。
デスクの上にハイボールを飲んだ痕跡がある。
「このあたりの哲学書は賢そうに見えるだろ? まあでも、やっぱり最近の小説は面白さ優先かな。この辺は古い本で、この『アルケミスト』は素晴らしかったな。高校時代に部活の後輩のサイトウさんが薦めてくれてさ」
昔のキラキラした青春時代を思い出しているようだ。
「私はその本は読んだことないな。どこが素晴らしいの?」
「どこがって説明できない。とにかく素晴らしいんだよ。彼女は超純粋な子だったな。周りのやつは偽善者って言ってたけど、僕は好きだった。ただ、純粋過ぎて周りにもその“純度”を求めてくるんだよね。今よりもっと向上しろって言ってきてさ。僕はそんなに善人じゃないし向上心もないから、一緒にいるのがキツかったな。だから好きだったけど、結婚はできない人だったな」
 
胸がざわっとした。
(なんなの、それ)
私は「結婚できるレベルの人」だったってことか。
なんだか私自身が純粋とはかけ離れている「汚れた人間」のように思えてきた。
(ちょっと無神経じゃない?)
だんだん腹が立ってきた。
思い出の中の女子高生と対抗しても仕方ないのは分かっていた。
でも、何も言わずにいられなかった。
「そうよね、向上心はないよね。私にも『僕はいい夫になろうとも、いい父親になろうとも思わない。だから、何かを僕に求めるのはやめてくれ』って言ったもんね」
と言い放った。
「そんなこと言ったか?」
「言った。まだ、お兄ちゃんが赤ちゃんだった頃にそう言ったの」
「僕が言ったことがそのまま真実とは限らないだろ。そう言ったのは、マホがそう言わせたんだよ。それをそのまま信じたなんて……」
と、ここで夫は口をつぐんだ。
きっと「愚かだ」と続けたかったのだ。
「そうね、それを信じた私がバカだね」
そう吐き捨てて寝室に移動し、自分のベッドに潜り込んだ。
 
(ただ、「おやすみ」を言いに言っただけのはずだったのに……)
 
『僕はいい父親になろうと思わない』と言われたのは数年前だった。
その頃の私は初めての子育てにテンパっていた。
夫に家事や育児に関わってほしくて、「〇〇ちゃんのお父さんは公園に遊びに連れて行ってくれるんだって」とか、「自分のスーツは自分でクリーニングに出してくれるんだって」とか言ったのだった。
夫は誰かと比べられて嫌だったのだろう。
当時の私はそうまでして育児に夫を巻き込もうとしていた。
そして返されたのがこの言葉だった。
これを聞いて私はひどくショックを受けた。
もうこの人に何を期待しても無駄だと思った出来事だった。
 
(言われたことをそのまま受け止めることの何がいけないわけ?)
 
私の感情をためているプールに、針がぷすっと刺さったようだった。
小さい穴から、水がジワジワ漏れてくる。
怒りと悲しみが混じった感情が涙となって溢れてきた。
こめかみのほうに流れて枕を濡らす。
そのうち寝室に来るであろう夫には見られたくないのに、止まる気配がなかった。
 
しばらくすると、別室で寝ていた娘が泣きながら寝室にやってきた。
これ幸いと娘とともに寝室を出て子供部屋に移動し、娘の布団に一緒に潜り込んだ。
私は娘の背中をポンポンと叩きながら、自分の心も鎮めようと努力した。
娘が再度眠りに落ちる頃、ようやく私の心も落ち着いてきた。
 
そして夫がいった「そのまま真実とは限らない」という言葉の意味を考え始めた。
『僕はいい夫になろうとも、いい父親になろうとも思わない。だから、何かを僕に求めるのはやめてくれ』
といった夫の『求めないで』は、もちろん自分に対してそういうことをしないでほしいという素直な反応だと思っていた。
それ以上の意味があるというのだろうか?
あの頃の私は「完璧な母親」にならなければと気負っていた。
でもあの出来事があって、自分だけが頑張るのがだんだんとバカらしく思えてきた。
完璧を目指すのをやめるようになって、自然と気負うこともなくなった。
 
(……まさか、最初からこれを狙っていた?)
 
あの言葉の背後には、私に対しても同様に何かを『求めることはない』と伝えたかったのか?
私に対して「完璧になる必要はない」という優しさが含まれていたのだろうか?
事実、夫からは、結婚してからこの方、大きな不満を言われたことはなかった。
「マホはいい妻になろうとも、いい母親になろうとも思わなくていい。僕も何も求めないから」が、夫が言いたかった真実なのでは。
 
ふっと力が抜けた。
そうかもしれない。
 
言葉も人間と同じなのだ。
人間の性格は、同じ特徴が、ある人からは長所として捉えられ、ある人からは短所として捉えられることがある。
私は、夫の言葉をネガティブにしか捉えられていなかったのだ。
同じ言葉でも受け取り側の心持ち次第で、ポジティブにもネガティブにも取れてしまうことに気付かされた。
さっきの夫の部屋でのやりとりも、最後は「愚かだ」ではなく「残念だ」と続いたのかもしれない。
またしてもネガティブに捉えてしまった。
言われたことをその時の自分の感情に任せて捉えてしまっては、その一面しか見えなくなるのだ。
 
(それならそうと、素直に言ってくれればいいのに。わかりにくすぎる)
でも、難しいことを口にしがちな夫らしくて、少し笑ってしまった。
 
娘が隣で静かに寝息を立てている。
いつの間にか私の涙は止まっていた。
(明日になったら真意を確認してみようかな)
こうして気持ちが前向きになった私は、ようやく眠りについた。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
 


 

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-05-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事