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タイトル:仏の顔は、何度でも


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記事:平間 稔啓(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「なんでそんなことするんだよ! スリッパでアタマ叩くなんてひどいよ」
 
35年の付き合いになるが、タモさんが怒ったのは後にも先にもこの時だけだ。
正確に言えば”怒った”、というよりも”困った”、というような顔をしていたと思う。
 
タモさん。
もちろん、誰もが知ってるあのタモリさんのことではない。
タモさん。
名前の名字の上の部分だけを取ると、”タモさん”になるからそう呼んでいただけだ。
そう。僕だけが“タモさん”と呼んでいた僕の親友。
タモさんは僕のことを親友だとは思っていないかもしれないが、中学で知り合って、いまだに付き合いが続いている唯一の友人がタモさんなのだ。
 
僕は今年で48歳になる。世間的には団塊ジュニアの世代と呼ばれる。
団塊ジュニアと言ってもピンとこない人が多いと思うが、簡単に言うと生まれた数がもの凄く多い世代、ということ。ただそれだけ。
生まれた数がどれだけ多いかって言えば、小学校のひと学年のクラスが、6とか7とか。
それもひとクラス40人。僕の学年は6クラスだった。ひとつ上の学年は7クラス。
僕の上の息子は今4年生だけど、1学年3クラス。でも毎年”2クラスでもいいよね”という声が上がっている。今はそんな時代。
上の息子たちは、小学校を卒業すれば、みんな、ほぼ同じ中学校に進級する。
僕の時は小学校を卒業すると、約1クラス分の生徒だけが違う中学校に進級していた。
学区、とかなんとか言ってたようだ。ここの区域に住んでる子はこっちの中学校に、と。
僕はその約1クラス分に入っていた。
中学校に入学してまず困ったことは、知らない人が多すぎる、ということだった。
だって、6クラス分の知らない子たちがいるんだから。
そう、僕が進級した中学の1年生は、7クラスだった。
 
「I小から来たんだよね。よろしく」
そういって初めて僕に声をかけてくれたのがタモさんだった。
1クラス40人の中で、同じ小学校から一緒になったのは5~6人。
同じ小学校っていったって、みんながみんな友達なわけじゃない。
それに、思春期の子どもたち、特に男の子ってのは強がってるし意気がってるもの。
そうそうすぐに友達になれるもんじゃない。
今思えば、僕は僕で強がって意気がってたのかもしれない。
I小から来た、つまりマイノリティってことで他の子にナメられたくなかったのだ。
 
そんな思春期の男の子たちの中にあって、タモさんは異色だった。
それなりに意気がっている僕に話しかけてくれただけでなく、いつもニコニコしていた。
僕は、勝手にタモさんのことを”仏のタモさん”と呼んでいた。あくまでも心の中で。
あまりにニコニコしてるんで、”タモさんって怒ったことないのかな”と思うこともあった。
思春期の意気がっている男の子は、ちょっとしたイタズラを試みた。
掃除の時間に、何気なく、そう冗談でタモさんのアタマをスリッパで叩いたのだった。
当時はドリフのコントでそんなシーンを何度もテレビでやっていた。
志村けんがいかりや長介のアタマを。何度も何度も。定番のネタだった。
 
「なんでそんなことするんだよ! スリッパでアタマ叩くなんてひどいよ」
さすがに”怒った”かな、と思ったが、タモさんは”困った”ような顔をしていた。
ちょっと後悔した。仏のタモさんは、やっぱり仏だった。
 
28年ぶりに、タモさんと再開した。高校を卒業して以来だった。
場所はなぜか、東京、北千住の居酒屋だった。
仏のタモさんは、医者になっていた。
中学の時に「僕はなるよ」と言っていた医者に、本当になっていた。
 
僕とタモさんは、仙台にある別々の高校に進学した。
とはいえ、頻繁に会っては近況や将来について語り合っていた。
互いの家が自転車で10分もかからないところだったから、というのもあるかもしれない。
タモさんは医学部を目指し猛勉強していたが、2浪の末、やむなく歯学部に入っていた。
僕は、勉強を全然しないくせに東京の大学にこだわり、ようやく2浪して滑り込んだ。
大学に入ってからはほぼ音信不通だった。
たまに帰省すると、タモさんの近況を母から聞いた。互いの両親が仲の良かったからだ。
タモさんは歯学部をやめ、医学部に入り直したと聞いていた。
 
お互いの生ビールが3杯目になろうかという頃に、タモさんは語りだした。
卒業後は血液系の研究に没頭していたこと。つまり白血病の治療の研究だと。
東京にいる理由も、とある大学で2年間、血液系の研究をするためだということ。
ただもうすぐ研究を辞め、仙台に帰るということ。
地元でアルバイトをしていたクリニックの先生が高齢で、継いでくれと頼まれていること。
そしてクリニックを継いで、町医者になるということ。
白血病の最先端の研究をしていたタモさんが、地元で地域の人を相手の内科医になる。
 
僕はといえば、大学を卒業してなんとかコンサル会社に滑り込んだ。
上場もしているそれなりのコンサルファームだったことに意気がっていた。
それから20年、コンサル会社で人事関連のマネージャーとして意気がっていた。
大学も就職も、仕事や年収など、常に意気がって生きてきた。
僕のビールは、4杯目になっていた。
今まで考えたことがなかったことを、タモさんとの再会で考えていた。
 
タモさんは誰と競争することもなく、誰に強がることも意気がることもなく生きてきた。
自分が決めたことを、目標に向けて、コツコツ努力して生きてきた。
これまでずっと。そして今も。
僕は常に誰かと比較して、負けないよう、勝つために強がって意気がってきた。
これまでずっと。そして今も?
気づきたくなかったことを、タモさんとの再会で気づかされた。
 
そう、僕が強がったり意気がったりしていたのは、タモさんに対してだったのだ。
 
旨そうに5杯目のビールを飲むタモさんのニコニコを見ながら、憑き物が落ちた気がした。
誰かと競争したり張り合ったりすること。
誰かを意識して強がったり意気がったりすること。
 
そういうの、もうよくない?
僕は僕に問いかけた。
 
ビールから焼酎のロックに切り替えて3杯目になった。だいぶ酔いが回っている。
次の再会は、28年も時間を空けずに、会いたい時に会おうよ。
二人でそう話して別れた。
 
ついつい強がったり意気がったりしそうになったら、タモさんに。
自分の決めたことをコツコツやることに挫けそうになったら、タモさんに。
 
仏の顔は、何度でも。
 
いやいや、でも僕だけがこんな恵まれた環境を享受していいわけがない。
タモさんが僕に会いたくなるよう、困った時に役に立てるよう。
僕は僕で考えないと。
僕は僕で努力しないと。
僕だけが考える僕の親友との付き合いは、まだまだ続くのだから。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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