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Life is beautiful ー森の中でクマと遭遇した話ー


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:kotokoto(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
……まずいっ!
 
と思った時には、もう遅かった。
 
誰もいない森の中、切り株に座っている私から2メートルほど先の距離で、
野生のクマが、こちらをじっと見つめて、立ち止まっている。
 
私達は、立合い直前の力士のように、じりじりと見合っていた。
 
同じ土俵に立ってみると、その身体はとても大きく、動物としての圧倒的な存在感を放っていた。少しでも気を抜けば、その存在に負けてしまいそうだった。
 
ここに柵はない。
こちらへ向かって爪を立てられたら、噛み付かれたら、私は簡単に死ぬだろう。
 
「お前はどうするのだ?」
 
クマの目が私に聞いた。
 
逃げるのか、戦うのか。
武器は、ない。
助けを求めようにも、ここで叫んでみたところで、誰にも聞こえないだろう。
背中を見せて逃げるのは、一番良くないと聞いた。
 
どうする……?
 
私の頭はフル回転で、生き残る道を検索していた。
 
ここは、アラスカの森の中。
寒くなりつつある9月の中旬は、すでにシーズンも終わりを迎え、周りにはキャンプをしようとする人など誰もいなかった。私達の他には。
 
私達、つまり私と夫は、その頃世界を旅していて、カナダからアラスカへカヌーで旅した後、ここへ辿り着いた。
日本を出てから約2年、キャンプにも、野生動物に警戒しながら眠ることにも、すっかり慣れていた。
 
こんな美しい森を私たちだけで貸し切れるなんて、最高!
 
恐怖心は少しもなかった。
 
テントを張り終え、夫が水を汲みに出かけた後、
静かな森の中に一人残された私は、「あること」について考えていた。
 
ついに、そのことを考えなければいけない時が来た。
 
旅に出る前から言っていたことがある。
 
この旅が終わるのは、お金が尽きた時か、子供が出来た時。
 
お金がなくなって帰るのは、いやだな。
子供ができて帰るっていうのは、最高だね。
 
そんな風に、いつも夫と話していた。
 
そして今、まさに旅は終わりを迎えようとしていた。
 
妊娠したのだ。
 
予定ではこの後、中南米を旅する予定だった。
少なくともあと1年は旅をするつもりでいた。
 
この先どうするか?
 
南米は無理だろうな。
 
病院は? 日本に帰る手段は?
 
色んなことを、考える必要があった。
 
いつかこんな日が来ることは、分かっていた。望んでもいた。
ただ、「今」じゃない……。
 
あぁ、旅がもう終わりだなんて。
せめて南米を周ってからだったらよかったのに。
もう少し、旅を続けたかったな……。
 
往生際の悪い子供のように、自分勝手な考えが次々と頭に浮かんできた。
すべて自分で蒔いた種だというのに。
 
ガサガサガサッ
 
突然、近くの茂みから物音がした。
 
ハッと息をのむ。
一瞬感じた嫌な予感は、見事に的中した。
目の前、お互いに知らんぷりできないほど近い距離に、突如クマが現れた。
 
しまった。もっと物音を立てておくべきだった……
 
私は素早くクマの毛の色を確認した。
 
重要なのは、それがブラックベアーかブラウンベアーか? ということだ。
ブラックベアーは、基本的には人を襲わない。
しかし、凶暴なブラウンベアー(通称グリズリー)は、雑食だ。
彼らはなんでも食べる。人間もだ。
 
果たして目の前の熊は……?
 
黒い、
ように見える。
 
目つきも……鋭くない。それに、小柄だ。
 
よかった……ブラックだ。
 
しかし、安心するのは早い。
 
「決して気を緩めるな。存在で負けるな」
 
どこからか、声が聞こえる。
 
そうだ、いま、私の生命が問われているのだ。
 
私は自分の内側にある強い中心部分に、意識を集中させた。
 
一体どれほどの時間だったのだろう。
私たちは、お互いに目をそらさず見合っていた。
 
「お前はこれから、どうするのだ?」
 
再びクマが問いかける。
 
「わからない」
 
私は恐れずまっすぐにクマの目を見つめ、語りかけた。
 
「でも……大丈夫だよ」
 
自分の生命力が強く輝き出したのを感じた。
 
「これまでも何とかやってきたんだ。だから、この先だって、何とかなる。
人生には、思わぬことが起こるもの。たとえそれが理想とは違っても、予定変更になってしまっても、その時その時で、運命を受け入れ、選択していくだけなんだ。
 
まさかここで、あなたが現れるなんて、思いもしなかった。
ずっとあなたのことは話に聞いていたけど、本当に会う日がくるなんて。でも、あなたは私の人生にやってきた。私は、あなたに会えて、嬉しい。怖いけど、嬉しいんだよ。」
 
本心だった。
恐怖と共に、私はここでクマと出会えた喜びと感動を、確かに味わっていた。
 
先に目をそらしたのはクマの方だった。
 
クマは、何事もなかったかのように、のそのそと行ってしまった。
まもなくやってくる長い冬に備えて、食べ物を探すのに忙しいのだろう。
 
再び、静かで平和な森に戻った。
 
私はまた、一人になった。
……いや、もう一人じゃない。
 
自然とお腹に手を当てる。
 
なんとかなった……
私の、この子の命は、なんとかなった……。
 
その途端、私の中から強い感謝の気持ちが洪水のように溢れ出してきた。
クマに、クマと出会えたことに、何事もなかったことに、この森に、この自然に、この地球、この宇宙の、あらゆるものすべてに。
 
それから、今ここにいることに。
 
私のお腹に宿った命の奇跡に。
 
それは、旅で手に入れたかけがえのない宝物だった。
 
ありがとう。ありがとう。
 
私はボロボロに泣いた。
 
全てが生きて、生かされていることに、感謝した。
喜びで震えていた。
 
あなたは私の人生にやってきた。
私はいつかあなたに会えるのが、嬉しい。
怖いけど、嬉しい。
 
旅はこれで終わりじゃない。
いつかまた来ればいい。
この先もずっと、人生という旅は続いていくのだ。
 
ガサッ
 
再び物音がして、
血相を変えた夫が駆けてきた。
こちらから歩き去るクマを見かけたのだろう。
 
「だっ、大丈夫かーーーっ!」
 
私は、涙でぐちゃぐちゃの顔で、ニッコリ微笑んだ。
 
人生には、思いもよらないことが起こる。
あるいは、
思いもよらぬことが起きるのが、人生なのかもしれない。
 
予定通りにはいかない。
私たちの人生には、いくつもの奇跡と、思いがけない宝物が用意されているのだ。
 
Life is beautiful.
だからこそ、人生は美しい。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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