父親は家出なんかするもんじゃない
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記事:安平 章吾(ライティング・ゼミ平日コース)
「出て行く!」
朝一番、妻が子ども2人を連れて隣にある妻の実家に帰り、家には私が1人で取り残された。
理由は些細なすれ違いであったが、お互い気持ちの整理ができず、前日の夜から会話ができないままだった。
そのため、夫婦でイライラが募っていき、片付けができていない等、どうでも良いことで衝突した。
特に私が大越で怒鳴り散らすことが多かったため、妻が我慢の限界を迎えたらしい。
家に1人残された私は家にいるのが辛くなってきた。
妻の両親が購入、リフォームしてくれた家に私1人で住み続け、また、隣にいることで、自分の行動が全て見透かされるのが耐えられなかった。
何より、いつ妻と両親が乗り込んで来るか分からないのは強いストレスになるし、もし乗り込んできた際には妻の両親との面談が始まってしまうことが予想され、それを何としても避けたかった。
「とりあえず家を出よう」
1週間は家出するつもりで、荷物をまとめた。
家出は小学校以来であったが、その時とは違って計画的な家出であり、必要最低限の準備が必要だった。
「最悪、車中泊でも何とかなる」
初めの数日は友人の家に泊めてもらうことを考えていたが、何日も宿泊するのは迷惑がかかるため、いずれは車中泊になることも考えた。
このご時世、家を持たずに生活する「アドレスホッパー」もいるので、私にだって家のない生活ができる、と根拠のない自信があった。
荷物をスポーツ用バッグに詰め込み、家の鍵も閉めないまま車に乗り込み、隣にアピールするようにアクセルを目一杯ふかして発進させた。
結婚してから、特に子どもが生まれてから自分1人で時間に制約が掛からず外出するのは初めてであった。
大学に入学した頃と同じく、自分だけの時間を持った優越感と、何をしようか考えるワクワクが相まって、気持ちが高揚していた。
大学生の頃と違うのは、自分の車がある。
距離を気にせずどこにだって行ける。
車を運転しながら、何をしようか考えるのがとても楽しかった。
日中は海、おしゃれなカフェ、銭湯、漫画喫茶、夜は友人と朝方まで酒が飲める。
行きたくても行けなかった場所を巡り、これまで制限されていた飲み会等、友人との交流も好きなだけしようと決めた。
事前の相談、帰宅の報告も必要ない。
誰にも気を使わず好きなことができる、という夢のような幸せを手に入れた気がした。
しかし、数時間後、希望に満ち溢れた世界がとてもつまらなく思えてきた。
行きたいところは行くことができたが、1人で巡っても全く楽しくなく、自分が見た景色や気持ちを誰かに共有したかったからだ。
どの場所でも妻や子どものことを考え、家族で来たらどんなことができるかをイメージしている自分がいた。
海につくと、綺麗な景色に惹かれ、スマホで写真を撮った。
いつもならそのまま家族のLINEグループで共有するが、今、この私状態ではそれをすべきではない。
「綺麗だな〜」
とだけ誰にも聞こえないように呟き、10分もせずに車に乗り込んだ。
次に向かった銭湯でも、1人でゆっくり湯船に浸かろうと思ったが、1時間が限界だった。
何より、家族連れを見ると自分の子供のことを思いだし、家に帰りたくなる気持ちが溢れてくる。
また、1番の楽しみにしていたカフェは何も楽しくなかった。
銭湯同様に家族連れに加え、カップルばかりで、周りを見ると寂しくなる。
また、カフェでは多くの地元の知り合いと会う。そして、全員同じことを私に言う。
「今日はおひとりですか? 」
聞かれる度にだんだん面倒くさくなる。
言葉として発していないが、その言葉の後には
「休日なのに、子どもほったらかして、1人で何してんだろう」
と思っていることを表情から読み取れた。
唯一、友人と飲んだときは気が紛れて、少し気持ちが楽になった。
ただ、楽しい時間は早く過ぎ、日をまたぐ前に、全員が家で家族が待っていることを理由に、短時間でお開きとなった。
嘘をついて私も家族が待っている、と言った後は強い虚無感が出てきた。
結局、その日は家に帰ることができずに、飲み会前に駐車していた、道の駅の駐車場で車中泊することにした。
道の駅は家から徒歩10分ほどの場所だったが、まだつまらない意地が残っており、帰る気にはならなかった。
周りには大型のトラックが駐車しているが、普通車は自分の車しかない。
「家があるのに何やってんだろうな」
早朝にもなると、そう思い胸が苦しくなっていった。
帰りたい気持ちと連絡が来るまで帰るもんか、という葛藤を持って、全開まで倒した運転席で体を丸めている自分を俯瞰して見てみると、虚しくなった。
結局、その日は家に帰ることができず車中泊をした。ただ、色々考えていたからか、一睡もできずに次の日は激しい頭痛に襲われた。
風呂に入るのを忘れていたので、とりあえず銭湯に行って汚れた体を洗ってくることにした。
もしかしたら銭湯に行って体を洗い流すときに、つまらない意地も一緒に洗い流すことができるかもしれない、と僅かな期待があったからだ。
父親になったら、家族に対する罪悪感、虚無感に押しつぶされそうになるため、家出なんかするもんじゃない。
そう思えるだけで、まだ父親としての理性と妻への配慮が残っているのかもしれない。
この気持ちが消えてしまう前に、銭湯に行って全てをきれいさっぱり洗い流し、1人で行ったカフェのスイーツを買いに行って、家に帰ることにした。
***
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