メディアグランプリ

「聴衆でいられること」が贅沢品の時代へ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:片山峻(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
演奏が始まる前のなんとも言えない緊張感。
息遣いまで聞こえてくるような静寂。
 
中学校の部活で吹奏楽を始めてから21年。
吹奏楽やオーケストラ、プロやアマチュア問わずこれまで数多くのコンサートに足を運び、またひとりの演奏者として舞台に立ってきました。
ここでは少し演奏者として、ではなくコンサートが好きな聴衆のひとり、という立場で書いています。
 
高揚感、といっても言うべきでしょうか。
一度味わうとたまらない。しかしその瞬間はなかなか訪れない。
もしくはその瞬間に至るまで時間をかけなければならない。
 
ラスボスがあと一撃で倒せるかもしれない瞬間。
もしかしたら提案が通るかもしれない、というあのグッと来る瞬間。
 
これらと同じくらいの、ある種脳内麻薬といってもいいくらいのヒリヒリするようなドキドキ感を与えてくれるコンテンツ、それがコンサートだと思っています。
(この記事では主にクラシック関連のコンサートについて言及していますが、もちろんポップスのコンサートだって同様の感覚が味わえるものもあると思っていることを付け加えておきます。)
 
如実に感じたのは数年前。
とあるプロのオーケストラのコンサートを聴きに、六本木はサントリーホールへ足を運んだ時のことです。
 
普段は足を踏み入れないけれど広がるある種非日常な空間。
ちょっとしたラウンジスペースでは結婚式ほどではないけど毎日するわけじゃないよそいきの格好をした人たちがコーヒー、もしくはお酒など思いおもいの飲み物を片手にその時間を楽しみにしている。
この光景を見るだけで、ふと思うのです。
「あ、これから始まる時間は特別な時間なのだ」と。
(ちなみに私は普段着で行くことが多いのでこの光景に少し気後れするのもセットです。)
 
そして演奏が始まると独特の世界が広がります。
大人数での演奏は基本的によっぽどの場合を除いて一人の演奏で成り立つことはありません。ある種のチームプレイです。
 
だからこそ、個々の奏者の音が混ざり合った響きがホールを包み、聴衆はそれを聴いている、というより「浴びている」といった方が良いかもしれません。
 
あの感覚はオーケストラといった奏者が多く集まっている形態ならではのものです。
(それを味わいたいがために年会費を払っている人もいるくらいですから。)
 
たぶん、というか確実に指示には書かれていない指揮者の巨大な息継ぎも聴ける、というおまけ付きでそのコンサートは終演しました。
多くの人が少し疲れた、でも清々しいといった顔で帰路についていきます。私ももれなくそのひとりでした。
 
しかし今ではこの状況は変わりつつあるような気がしてなりません。
感染防止に伴う自粛要請期間によって練習や人前に立つ機会を失い、また多くの人が集まってしまうことからコンクールをはじめ多くの大会やコンサートが軒並み中止に追い込まれました。
(アマチュアとはいえ私ももれなくその一人で、今夏開催予定だったコンサートもコンクールも来年に延期予定となりました。)
 
少し前に緊急事態宣言自体は解除されましたが、引き続き密な環境を避けるというのはしばらく続く、もしかしたらそれがデフォルトになってくる可能性さえ出てきました。
 
コンサートはそもそもが密な環境で構成されています。
ホールにもよりますが、客席間は狭いので袖すり合うのが当たり前です。
ソーシャルディスタンスを保とうとすると、席数の3分の一程度でいわゆる「満席」となります。
 
ということは実際に演奏をする、となった場合コンサートを主催する側は命がけです。
ホールを貸す側やコンサートを主催する側も席単価を上げざるを得ません。
そうすると自ずとチケット代も高くなっていきます。
 
そしてこの自粛期間の間、演奏動画や無観客でのコンテンツが増えました。
もちろん自粛による閉塞感を無くしたいという気持ちもあるでしょう。
ですが、それによって「生演奏」というものの価値が爆上がりしてしまったという側面もあると思っています。
 
あの興奮がもしかしたら、今後おいそれと手に届かないいわゆる贅沢品になってしまうかもしれないのです。
大枚はたける人しかあの興奮を味わえない。
そうなってしまうことがとても空恐ろしく感じています。
 
ただの笑い話で済んでくれれば嬉しいですし、「今まで」が戻って来れば良いという考えを持っているわけではないのですが、このコンサートというコンテンツについては私も懐古主義者にならざるを得ないのです。
それくらい価値のあるものだと信じて疑っていないから。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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