空気を読めないゆとり世代が成長する方法
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:深澤まいこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
まるでジェットコースターの最前列に座っているかのようだった。
まっすぐに伸びた坂道を、勢いよく下る。気持ち良いほどのU字を描く上り坂の先には、どんな景色が待っているのか。検討もつかないまま、窓から入る風の心地よさを感じていた。
8人乗りのワンボックスカー。後部座席には3組のハネムーンカップル。助手席に座る私の隣には、ツアーガイドのおじさんが、どや顔でハンドルを握っている。
「このスピード感と景色は助手席だけの特権だよ」
普段のツアーコースとは違うルートを選んでくれたという。一人旅の私に、おじさんの粋な計らいだった。
私が一人でハワイに来た理由。
それは、ただひとつ。
現実逃避だ。
通勤往復3時間。連日終電ギリギリまでの残業に、クタクタになっていた。
未経験の業種へ転職して2年目。もともと派遣スタッフだったけれど、与えられた仕事に対して素直に黙々と取り組む姿勢が評価されてか、ゼロから仕事を教えてくれた派遣の先輩を差し置いて、社員へ登用されたばかりの頃だった。
某国の港湾労働者の長期に渡るストライキは、私が属する業界に大いに影響を与えていた。
高いレベルでの交渉力や迅速な状況判断力が必要とされたが、当時の私では完全に力不足だった。その反対に、同じチームで働く先輩はスムーズに、着々と成果を上げていた。
「なんであの子が社員に登用されたんだろう」
私は周囲の目が怖かった。自分の力不足が、他部署や関係先へ迷惑をかける。顧客や同業者、社内の別部署の人たちからも、嫌味とクレームが続く。それをフォローして、収束させてくれるのはいつも先輩だ。
機転が利かず、ふがいない自分を責める毎日だった。
先輩との関係は、日に日に悪化するばかりだった。
その頃私には、付き合っている人がいた。彼は彼で仕事が忙しく、会えない日が続いていた。
弱音を聞いて、優しく慰めて欲しい。電話でも良い。声を聞くだけで安心できていたかもしれない。けれどその一言が言えなかった。彼自身にも余裕がなく、お互いに自分のことだけで精一杯だった。支え合う、なんて到底無理な話。ある日、些細なすれ違いから、大ゲンカに発展した。仕事もプライベートにも疲労困憊していた。
いまでこそ、その過酷な状況こそが私を鍛えてくれたのだと分かる。けれど、その時の私には、終わりの見えない地獄で、溺れてしまわないように必死のバタ足で堪えているような感覚だった。
この地獄は、いつまで続くのか。
糸が切れそうになった私は、一人旅を決意した。
2カ月後の状況がどうなっているのかは分からないけれど、私を社員へと引き上げてくれた上司へ相談し、最も忙しい曜日を避けて4日間の休みを貰った。
私の休暇に備えて、上司が動き始めてくれた。普段は手放している実務を覚え、フォロー体制を整えてくれた。
私のこの行動が、先輩や彼氏との間に決定的な亀裂を生んだことは言うまでもない。
2カ月後、ストライキは解消され、状況は少しずつ改善の兆しを見せていたころ、私は一人でハワイへと旅立った。
Wi-Fiをオフにして、外からの情報を遮断した。ビーチの木陰で読書し、ゴムボートに浮かんで空を眺めた。
私を捕えるものは、何一つない。
書類をひたすらめくり、相次ぐ電話に対応する日々は完全に別世界のものだった。
「仕事を投げ出し、一人旅なんて。なんと無責任な社会人だろうか」
自分の中にいる自分が、罪悪感もなくのんびりと呟く。
私はこのときの、心の内で感じた穏やかさを今でも忘れることはない。
何にも囚われることのない、海に漂うひとつの生き物だった。
2日目の早朝、3組のハネムーンカップルに囲まれてガイド付きの現地ツアーに参加した。少しばかり居心地の悪さを感じながら、早朝のダイヤモンド・ヘッドトレッキング、ハナウマ湾でのシュノーケリングを体験した。ガイドのおじさんは人懐っこい性格で、私のことを「ひとり」と呼んで、助手席に座らせ、ハワイの地元あるある話をたくさん教えてくれた。
ツアーが終わりホテルへ向かう道中、おじさんは、少しだけ遠回りすると言い出し、
「ちゃんとムービー撮る準備しといてね」と小声で言った。
カーブを曲がると、そこには1本の道がまっすぐに伸びていた。
長く大きな坂道。
ジェットコースターを下るときのように、お腹の奥がゾワゾワするのを感じた。
私は助手席で、窓から入る風に爽快感を感じながら、私は一つの答えにたどり着いた。
人生とは、気付かぬ内にジェットコースターに乗っているようなものではないだろうか。
目の前の出来事に右往左往し、慌ただしく過ぎていく毎日に忙殺されている。
私は、仕事でもプライベートでも他の誰かになりたがっていた。
先輩のように、有能な私になりたかった。
彼氏を支えてあげることができる、癒し系の彼女になりたかった。
他の誰かにならなくては、存在する価値がないと思っていた。
けれど、ハワイの大自然が教えてくれた。
私はただ一人の生き物で、他の誰でもないのだ。
ジェットコースターに乗っていることを忘れ、ただ過ぎていく景色に翻弄されているだけなのだ。
私が帰国してからすることは、ただひとつ。
ジェットコースターに乗っていることを思い出して、目を見開いて、その瞬間の景色、感覚を味わうことだ。
私が思うほど、周りは私に期待などしていないのだから、巡ってきた出来事に対して
できること、できないことを認め、ひとつひとつに全力を尽くすだけで良いのである。
他の誰かのようになりたいと嘆く暇があるのなら、私は自分の足で一歩を踏みしめる。
その一歩こそが、坂道の先の景色を憧れの景色に変えるものだったと知るのは、私に後輩ができる数年後のことだ。
空気も読まずに訪れたハワイ一人旅は、仕事モードに火をつけた有意義なバケーションとなった。
次に訪れるときは、誰かと一緒であることを願う。
***
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