幼稚な嫉妬心に殺された私は、称賛天国で蘇生した
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:森北 博子(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「うん! よし!」
私がマットの上でクルリと前転を決めると、体育の先生はそう言って頷いた。
「いいか、こんなふうに頭を入れて回るんだぞ」
クラスメイトのほうに向き直った先生は、皆にそう告げた。
友だちの前で褒められるのは、とても照れくさくて、誇らしくもあった。
私は耳まで真っ赤にしながら、ニヤけそうになるのを必死で堪えて平静を装った。
小学校低学年のときの記憶だ。
子どもの頃の私は、運動神経が良かった。かけっこは速いし、マット運動も得意で、ボール投げも遠くまで飛ばすことができた。だから体育の授業ではよく、先生に指名されて皆の前でお手本をさせられていた。自分で言うのもなんだが、何をやっても難なくこなすことができた。いつも体育の成績は良かった。
これには理由があった。私は小学校のお受験のために、体操クラブに入っていたことがある。運動のプロが直々に英才教育してくれたのだから、体育で上手に披露できるのは当然といえば当然だったかもしれない。
しかし3年生になってグラス替えすると、私はクラスメイトの嫉妬をかうようになった。なぜなら私の通っていた小学校は女子校で、体育の先生は皆の憧れの的だったからだ。若くてカッコ良く、日焼けした肌に長いまつ毛、おまけに白いポロシャツがよく似合う、笑顔が素敵なスポーツマン、ときたらモテないはずがない。児童はもちろん、お母さんたちからも、体育の先生は人気があった。
「ひーいーきっ!ひーいーきっ!」
体育のあと教室に戻ると、決まって数人のクラスメイトたちは私を囲んで、そう囃したてた。私は苦笑いして「そうじゃないってば!」と否定したが、心は深く傷ついていた。大好きだった体育が憂鬱になった。体育の先生が憎らしくて仕方なかった。「お願いだからお手本に指名しないで!」と授業のたびに体を小さくした。彼女たちからすれば、幼稚な嫉妬心から私をからかっただけかもしれない。だけど大人になった今思い出しても、あのころの辛かった気持ちが鮮明に蘇ってきて胸が苦しくなる。
それ以来、私は人前で褒められるのに恐怖を抱くようになっていった。幸いほかの成績は中の中だったから目立つことはなかったけれど、普通でいるのが一番平和なんだと悟った。小中高の12年間ずっと持ち上がりという狭い社会で育った私たちは、大海を知らない井の中の蛙だったのかもしれない。女子校ならではの上品でくだらない競い合いは、在学中あちこちで何度となく行われた。表面上は仲良しの仮面を被っていても、一皮むけば「負けたくない」という気持ちがフツフツと存在していたように思う。私はいつしか友の言動の裏側を探るようになり、いつも疲れた。親友と呼べるような友も作れなかった。「普通は平和」と信じた私は、同級生たちとの競争を避けて、そのまま付属の短大に進んだ。
しかし普通でいることを選んではみたものの、やはり誰かに認めてもらいたいという欲は捨てきれない。贅沢を言うなら、静かにそっと褒められたい。大勢の前ではなく、自分の知らない間に「すごいね」と誰かに言ってもらえるだけでいい。認められたいけれど気づかれたくない、相反する私の欲望は、次第に劣等感を生んでいく。私は自分を好きになれなかった。そんな自己肯定感の低さも災いしたのか、売り手市場だったにもかかわらず、私は就職活動に失敗した。
ところが、ところがである。私の価値観をガラッと変える出来事があった。短大卒業後の一年間を過ごしたイギリスでのことだ。ホームステイ中、家族はよく親類や友人を招き、私はランチやディナーを共にすることがあった。彼らは互いを自慢しあった。自身を自慢することもあれば、他者自慢を私に聞かせた。しかも対象の本人を目の前にして、である。妻を、夫を、父、母、友を、その素晴らしさを誇らしげに語る姿に、はじめのころ私は戸惑った。私も皆の前でお褒めに預かることもあったけれど、どう反応していいか正直わからなかった。
そんな日々を送り、やがて帰国するころには、私も身の周りの人を心から褒めるようになっていた。そして自分の中にある良いところも、素直に認めることができるようになった。親しい間柄において本来あるべき姿は、比較し妬み攻撃することではなくて、自と他の違いを認識し受け入れ、互いを敬うことなのだと知った。自分に自信が持てれば、多少の優劣など気にはならない。私の失われた自己肯定感は、イギリスの家族によって徐々に取り戻すことができた。
学歴社会、競争社会の中で、他人の優れた点を受け入れ、称賛できる文化は、果たして日本で育っているといえるだろうか。まずは私たち大人が、子どもたちの自己肯定感を高めてやればいいのではないか。誰かと比較されることなく褒められた経験は自信へと繋がり、個々の良さを認め、他人を妬んだりいじめたりすることはないだろう。思い返すと体育の先生は、私の良さを認め、褒めてくれた最初の大人だったのだと思う。恨んだりして申し訳なかった。幼かった私は、それに気づくことができなかった。
イギリスの家族が与えた私の意識の変化は、間違いなく子育てにおいても良い影響を及ぼした。娘たちが幼いころ「〇〇ちゃんがね、絵画展で表彰されたんだよ! すごいよね!」などと頬を紅潮させて報告しにくるたび、友の活躍を素直に称える我が子を誇らしく思った。「すごいね! 頑張ったね!」と私も一緒になって喜ぶことができた。
今、成長した娘たちには、心を許せる友がたくさんいる。
学生時代、親友のいなかった私は、それを少し羨ましく、そして嬉しく思っている。
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