メディアグランプリ

パリでホームレスの親子とハンバーガーを食べたら、一生忘れられない思い出になった


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記事:ヤマモトマサコ(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
2016年11月8日17:00、パリ駅北口の路上に人だかりができていた。
その日はとても寒かった。30リットルのバックパックを下ろして早く暖かい部屋で休みたい。私はホテルに向かって急いでいた。
 
人だかりの横を通り過ぎるとき、思わず立ち止まってしまった。みんな、しゃがんで何かを手渡して去っていく。路上に座っていたのは、毛布にくるまって身を寄せ合っている4人の家族だった。お父さんとお母さんと子ども二人。全員で取り囲む人たちを見上げて、手を伸ばして、必死に恵んでくれとお願いしているように見えた。そこを通る人は、みんなその家族にくぎ付けになり、持っていたお金や食べ物を渡しては去っていった。
 
衝撃だった。どんな言葉であの感情を言い表せばよいのか分からない。胸がざわざわして、なんとも言えない焦燥感のような、不安に襲われた。動悸が激しい。私は、何もできずその場を立ち去ってホテルへの道を急いだ。
 
私は大学4年生で、卒業旅行を兼ねてモロッコからノルウェーを目指してヨーロッパを列車で北上する旅の途中だった。1ヶ月の長い旅も中盤にさしかかり、初めての一人旅に心身ともに疲労がきていた。ホテル、といっても貧乏旅行だったので8人部屋のドミトリーだが、ベッドに横になってゆっくり休もうと寝転がった。
 
だが、いつまでたっても、路上に座ってこちらに手を伸ばすあの親子の姿が目に焼き付いて忘れられなかった。
 
19:00。ホテルから親子のいる場所までそう遠くはなかった。外はすっかり暗くなっていた。まだ彼らは同じ場所に座っていた。
私はホテルの隣のハンバーガー屋でチーズハンバーガーを5個買った。そして、その袋をぶら下げて、彼らのところへ向かった。
 
「Hi!」いきなり声をかけた私を、お母さんが怪訝そうににらんだ。残念なことに、私は英語が話せない。とりあえず、袋からハンバーガーを取り出し手渡した。
お母さんは「Merci」と言って笑顔で受け取ってくれた。隣で寝ていた子供たちを起こして、ハンバーガーを食べさせ始めた。お母さんも子どもたちも、ありったけの服や帽子を着込んで毛布にくるまっていた。出来立てのハンバーガーの熱が白く煙になった。
 
私も親子の隣に座って、一緒にハンバーガーを食べた。そこからつたない英語とジェスチャーでお母さんと会話した。
ブルガリア出身で眠れる家や仕事があったが、いられなくなりイタリアへ移った。そこから家がなく、転々として今パリにいる。子供は男の子の兄弟で、6才と4才だ。
 
そんな話をする間にも、多くの人が目の前を通り、親子に食べ物を手渡していった。並んで座っていた私もアジア人のホームレスに思われたのか(日本人観光客だと思われると危険なので旅行中はあえてボロボロの服装でいる)、綺麗なパリジェンヌっぽい女性からリンゴを恵んでもらった。一応お礼を言って受けとったが、なんだか、複雑な気持ちだった……。
 
ホームレスである私たちに目を止める人は、決して親切な人ばかりではなかった。一人のアフリカ系黒人の男性がやってきて、お母さんと私に言った。
「俺が金を払ってやるから、ホテルに行こう。父親と子どもは別の部屋で寝てればいい」
 
そいつは、かなり古い携帯電話で仕事をもらうために電話をかけ続けているお父さんにも、「そんな言い方じゃダメだ」と説教して、「俺が金を出してやるから~」と何度も言った。その度にお父さんは困ったように笑ってお母さんを見た。お母さんは、静かに首を横に振り続けるだけだった。
 
黒人男性は、しばらくごねていたが、怒って去っていった。
 
「親切にしてくれるのはお金を持っていて裕福な白人だけ。黒人は私たちを見下してきてひどい態度をとるから、あんな人とは寝たくない」
続けて、お母さんは私に言った。
「うちの夫と寝てもらえない?私と子どもはここにいるし、少しのお金だけもらえればいいから」
 
「ごめんなさい、できない」
私は、パリジェンヌからもらったリンゴをお母さんにあげて、その場を去った。
ホテルへ戻る間にも、別の黒人男性がにやにやしながら私に声をかけてきた。気持ち悪い。でも、そんなのどうでもよかった。
 
頭がフリーズしていた、何も考えたくない。悲しすぎて、あの場所にい続けることに耐えられなかった。何もしてあげられない自分の無力感と、想像もしない辛い現実が急に自分に迫ってきた恐怖。あの親子の人生が、確実にいま、自分の人生の一部になったという感覚。自分でもなんの感情なのか良く分からないが、途方もなく悲しくて、泣きながら眠った。
 
次の日の朝、私は何もせずあの場を去ったことをとても後悔していた。せめてホテルの一室くらい、お金を出して泊まらせてあげれればよかった。
急いでチェックアウトを済ませて、昨日の場所へ行った。でも、そこには親子はもういなかった。
 
私の今後の人生であの親子と会うことは二度とないだろう。でも、あの夜のことは一生忘れない。
 
パリにはその親子だけじゃなくて、通りすがりの誰かに恵んでもらわないと生きていけないホームレスが至る所にいた。有名なシャンゼリゼ通りは、ハイブランドのきらびやかなショッピングウィンドウの前に、マクドナルドの紙コップを差し出して道行く人に訴えたり地面に頭をつけ土下座し続けたりして、小銭をもらう人であふれていた。
全然、華の都じゃなかった。
色んな国を旅して乞食の人達を見てきたが、あの時のパリほど貧富の差が目に見えて、苦しくなる景色はなかった。
 
私にはそんな人たちを助けられる力はない。諦めだと思われるかもしれないけど、世の中が少しでも良くなりますようにと祈るしかできない。
 
どうにもならない現実への少しの抵抗として、私は書くことを選ぶ。
いつか自分の文章が誰かの救いになりますように、少しでも生きることに希望が持てますようにと願い、そんな文章を書けるようになるまで言葉を磨き続ける。
大げさで偏屈でぶっとんだ目標かもしれないが、私が真剣に書くことを頑張る原動力について考えるとき、きっとこれからも、あの親子を思い出すだろう。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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