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あの子の涙は劇薬である


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記事:もなか(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
あの直前まで私はこじらせていた。
数日前、16年勤めた職場に辞めることを告げた。
私は地方公務員だった。
きっとあなたも思うだろう、公務員になる最大のメリットは「身分の安定」だと。
公務員の世界では定年退職がデフォルトで、他の退職パターンと言えば、退職金が割増になる年齢を待って辞めることだ。
まだやり直しのきく年齢の人が他の公務員試験に受かったり、開業ができる難関資格を取るなどして辞めていくことも稀にあるが、30代半ばから退職金が割増になる間の年齢で辞める人はまずいない。
公務員の身分は手放すには惜しいと思い、辞める人が少ないからこそ「公務員辞めた人=なんかやらかした人か変わった人」のイメージはないだろうか?
そう、私の退職はもっと珍しがられて惜しまれるハズだった。
 
ある会社から内定をもらい退職を告げるまでの間、公務員の退職について繰り返しネットで検索した。
必ず引き留めにあうから、退職を伝える順番やタイミングは考えろ!
理由を伝えるならば突っ込まれないよう練りこんでおけ!
不必要に噂が拡散しないように釘を打て!
事例の少ない中見つけたサイトに書かれていたから、どんな質問をされても切り抜けられるよう転職の面接以上に準備した。
 
なのに、私が退職したいと告げると、表面的な「残念ですね」の言葉だけで、誰からも「考え直せ」と引き留めにあうこともなく、「人事的には補充のきくギリギリのタイミングだから」と退職願の提出までも急かされた。
いくら「次が決まってるなら、引き留めても仕方ない」といっても、ひとりくらい「よく考えろ」と言ってくれるかと思っていた。
退職の話は、上司以外では、同期でもあり昨年まで市民課で一緒に働いたなっちゃんに先に告げると決めていた。
なっちゃんは、いつも自分の気持ちに正直で感情豊かだ。
私から話す前に他の人からの噂で知られるのが嫌だったから、なっちゃんには絶対誰よりも先に言うと決めていた。
上司に退職を告げて数日後、食堂でなっちゃんをつかまえた。
ちょうど、お昼休みに窓口当番に当たっている人が食事をする早めの時間帯だった。
周りに人が少ない端っこのテーブルになっちゃんを誘った。
「今日はなっちゃんに言いたいことがあってさ」
周りを気にしながら、静かに話し始めた。
「私、年度末で辞めることにしたんだ」
 
なっちゃんの顔が、ブワっと歪んだ。
なっちゃんは「嘘やろ!」と叫んで、泣いた。
「嘘!! もなかちゃん、ひどいよ!! ずっと一緒にここで働けると思ってたのに! なんでなん?!!」
なっちゃんの涙は、しばらく止まらなかった。
周りの何人かが、そーっと窺うようにこっちを見たのが見えた。
 
今思い返しても、なっちゃんの涙はすごかった。
公務員の仕事は嫌ではなかったが、チャレンジしたいこともあった。
一度は外に向けて発信したり、形に残るような仕事もしたいと思っていた。機会があればその思いをペーパーに綴ってもいたが、40歳を過ぎ、先が見えた。
特に資格を活かすわけでもない行政職という区分の場合、配属次第で仕事量もその質も天と地ほどの差がある。3〜5年ごとの異動の度にガチャを引き、経験はリセットされるため、キャリアの持ち運びをすることはない。私は自分の将来を他人と運に委ねるのは、もう耐えられなかった。特に最近は予算削減などで「形に残る仕事」が出来る確率も減っていた。
 
そう、なっちゃんの涙が思い出させてくれたのは、形に残る華やかなものばかりが素晴らしいものではないということだ。
なっちゃんと一緒に市民課で働いていた時、確かに同期という絆があった。
困った案件や難しい届出を引いた時は、お互い助け合った。
窓口の混雑に顔を見合わせて苦笑いしたあと、二人で「お待たせしました!」、「すみません!」と叫んで窓口に走っていた。
あの泥臭く、わちゃわちゃした日々も、私たちの仕事のひとつだったんだと。
その夜、なっちゃんがLINEを送ってくれた。
「取り乱してしまってごめんね。寂しいけれど、もなかちゃんの選択を応援したいです」と。
不思議なことに、退職願を出してもどこかで公務員の安定を惜しみ、前向きになりきれていなかった気持ちが、この日を境にひとつの覚悟みたいなものが固まった。
誰かに止められたら退職を撤回するような軽い気持ちで、転職活動をしたのではない。
もし転職が失敗だったとしても、生きてやり直せる限り怖くはないと、私は覚悟を決めたのだ。
あの時、私が抱いていたこじらせやもやもやを解消してくれたのは、なっちゃん一人の涙だった。
安定を捨てると決めたはずなのに、いざとなると怖気づいていた私の背中をなっちゃんが静かに押してくれたのだ。
あれから5ヶ月が経つ。
あの日以来、私は「かったるい」というかつての口癖を一度も言っていないことに気がついた。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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