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気づいたら卑屈の沼に沈んでいた

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:市川みどり(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
 
ネットの「故事ことわざ辞典」によれば、人格者ほど謙虚であるというたとえである。
私は昔からこのことわざが好きだった。
常に謙虚でありたいと思っていた。
謙虚は美徳であると信じていた。
 
そんな私の口グセは「すみません」だった。
 
道を譲ってもらったら「すみません」、落とした物を拾ってもらったら「すみません」、とにかく人から親切にしてもらったら、無意識に「すみません」が口をついて出た。
それは、「私のようなもののために、あなた様の貴重な時間や労力を割いていただき申し訳ありません」という気持ちの表れであった。
 
ああ、なんて謙虚なのだろう。
 
へりくだった自分の振る舞いを、そう評価して一人悦に入っていた。
 
ちょうど一年前、私は無職だった。
それまで20年近く、主人の実家がやっている会社を手伝っていたのだが、不景気で給料がもらえなくなり、外で仕事を探すことになったのだ。
働き口にあてがあったわけではない。
恥ずかしながら私は50歳をとうに過ぎている。
江戸時代ならとっくに死んでいるこの年齢で、就職先はあるのだろうか……。
不安を口にしながらも、まあなんとかなるだろうとは思っていた。
年は取っているけれども、謙虚さをアピールしていけば問題なかろうと考えていた。
 
しかし、現実は厳しかった。
まず書類で落とされることが多く、なかなか面接までたどり着かない。
だからたまに面接に呼ばれると、それはそれは気合いが入った。
気合いが入ると、謙虚さに磨きがかかった。
そして、面接で得意の「すみません」を連発した。
 
「こちらでお待ちください」
「すみません」
 
「どうぞおかけください」
「すみません」
 
「よろしければこの封筒をお持ちください」
「すみません」
 
面接時の感触で、結果はだいたいわかるものである。
数日後に送られてくるメールには決まってこう書かれていた。
 
「選考の結果、ご希望に添いかねる結果となりましたことをお伝えいたします」
 
予想通り。
いつまでたっても仕事が決まらず、私は途方に暮れた。
 
結局、求職活動を始めてから3ヶ月後、私の苦境を人づてに聞いた大昔の上司が口を利いてくれて、ようやく私は今の仕事を得ることができた。
 
会社に入ってみると、周りは私よりも若い人たちばかりだった。
私が年上ということで気を遣わせないよう、ここは謙虚にいかねば! と気合いが入った。
そして、私はまた「すみません」を連発した。
 
「何かわからないことがあったら聞いてくださいね」
「すみません」
 
「郵便が来ていたので、ここに置いておきますね」
「あ、すみません」
 
「ここ、数字抜けていたので入れておきました」
「すみません」
 
とにかく下から下からという態度で、若い皆さんと良い関係を築きたいと思っていた。
しかし、そんな思いとは裏腹に、私はなかなか職場に馴染めなかった。
自分から話し掛けようと思っても、どういうわけか勇気が出なかった。
いい年をして何をどうしたらよいかがわからず、連日自分の無力さを痛感させられ、打ちのめされていた。
そして、いつしか「すみません」を連発している自分が惨めに感じられるようになっていた。
 
この「すみません」がいけないのかなぁ……。
 
ここへ来てようやくそう感じ始めた私は、ネットであれこれ調べてみた。
すると、「すみません」という返しは、時によって相手をイラつかせるということがわかったのだ。
親切でやってくれたことに対して「すみません」で返すと、相手はまるで加害者になったような気持ちになり、不愉快に感じるとのこと。
言われてみればそうである。
そして、この「すみません」を「ありがとう」に置き換えるだけで印象は大きく変わると書かれていた。
 
なるほど。
私は早速実行してみることにした。
しかし、長年よかれと思って積極的に放ってきた「すみません」は、そう簡単にやめられなかった。
「ありがとうございます」と言う前に、反射的に「すみません」が出てしまう。
「すみません」と言ってしまった後に、慌てて「ありがとうございます」を付け加えた。
 
すると自分にある変化が起こっていることに気づいたのだ。
 
「ありがとうございます」と言う時、自然と笑顔になっている。
声も明るくなる。
気持ちも前向きになる。
 
こちらが笑顔になれば、相手も笑顔になる。
それまで感じていた周りの皆さんとの見えない障壁は徐々に取り払われ、コミュニケーションが取りやすくなっていった。
同時に仕事もやりやすくなっていった。
自分で出来ることも増えていき、自分に自信が持てるようになっていった。
 
結局、「すみません」という言葉が自己肯定感をどんどん低くし、卑屈な自分を作り上げ、周りの人との溝を深くしていたのだ。
今となっては謙虚が美徳などと言って必要以上にへりくだっていた自分がちゃんちゃらおかしい。
そもそも謙虚な態度は能力のある人が取るものだ。
冒頭のことわざ辞典にも「人格者ほど謙虚である」と書かれているではないか。
謙虚になれば誰でも人格者になれるということではない。
大いなる勘違いであった。
 
人格者でもないのに「すみません」を連発し、卑屈の沼にずぶずぶと沈んでいった自分を引き揚げてくれたのは、たった一つの言葉だった。
 
「ありがとうございます」
 
今はもう「すみません」は出てこない。
 
 
 
 
***

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2020-05-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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