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自分も多様性の一部だった!


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:たる(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「きみもぼくも多様性の一部だよ」
 
父にそう言われてはっとした。
 
平日休みの昼下がり、わたしたちが座る大きなソファには、やわらかい光が差し込んでいる。
 
児童館に就職したてのわたしは、何気なく父と仕事の話をしていた。
 
児童館の学童クラブには、しょうがいのあるこども、発達に特性があるこども、両親と離れ祖父母と暮らすこども、おやつ代の支払いが難しいほど、貧困に苦しむ家庭のこども、様々な事情や背景を持ったこどもたちが通っていた。
 
無邪気でかわいいこどもたちだが、時に鋭い言葉で仲間の心を傷つけてしまうことがある。
 
「しょうがいがあるとか、貧乏とか、自分と違う境遇の子に悪口を言う子たちがいて大変だよ」
 
「そうかぁ、ところで多様性って言葉は知ってるかな?」
 
父はコーヒーカップを片手にこちらを見た。
 
「多様性? いろんな人がいるってことだろ。多様性を認める、受け入れるってよく聞くよな」
 
「うーん、ちょっと違う。きみもぼくも多様性の一部だよ」
 

 
その時、父が自身の還暦をお祝いする席で語ってくれた話が、ふと蘇った。
 
父は高校の先生だった。
 
大学を卒業後、造船会社に3年務めたが、どうしても教師になる夢を諦めきれなかった。私立の高校に採用され、社会科を教えた。甲子園に出場するほど強い野球部がある、男子校だった。
 
その頃の彼の日記からは、教えることの嬉しさと必死さが伝わってくる。真面目に誠実に仕事と向き合っていた。
 
40歳を前にして、彼は学校に行けなくなった。
 
心の病だった。
 
「あの頃は頑張りすぎていた。そんな生活に心がブレーキをかけてくれたんだ」
 
彼は今度は病と向き合った。真面目に誠実に、でも前よりちょっと自分に甘く。
 
自分を実験対象にして、どんなことをすると気分がいいかを考えた。
 
短歌、外国語、キーボード、手話。
 
おうち時間で増えた、彼の趣味だ。
 
もともと好きだった読書や歴史の研究に、そんな趣味たちが加わり、彼の空白のスケジュールを埋めていった。
 
「楽しかったよ。好きなことをたくさんできた」
 
彼は満足げにそう振り返る。
 
趣味のサークルに通いだすようになり、数年後には公立高校の非常勤講師を務めるまでに回復した。
 
「その時気づいたんだ。ぼくにしか歩めない人生だったなって」
 
病気になった当時の父は、自分を責めたそうだ。「なんでぼくが、なんて弱いんだ」と。
 
「弱音をはいちゃいけない。弱い側になっちゃいけないって必死に踏ん張ってた。でも、病気になって分かった。強い側、弱い側なんてない。病気を持ってるぼくでも人生を楽しめる。サークルの会報を書いたり、週に2日でも先生をして、人の役に立つこともできる。ぼくもこの世界の一部だって感じられたんだ」
 

 
そんな日々を過ごしてきた父だから、「きみもぼくも多様性の一部だ」という言葉は心に響いた。
 
でも正直に言うと少しだけ思った。「病気になった側だから言える意見じゃないのか。弱い側に立ったことのない人は『あなたも多様性の一部です』と言われても理解できないのでは……」
 
わたしの心の声を見透かしたように彼は言った。
 
「完璧な人なんて1人もいないよ。きみはボルトより速く走れるかい? でもきみはボルトより日本語がうまい」
 
陸上部出身のわたしに合わせて、100m走世界記録保持者のボルト選手の名を出したのだろう。彼は続ける。
 
「すべての分野で誰よりも優れている完璧な人がいないように、誰よりも劣っている人もいないんだ」
 
それはそうだ。
 
わたしはランニングを続けているけど、誰よりも速く走れるわけではない。父と同じく読んだり書いたりするのも好きだから、いつかは文章を書くことが得意ですって言ってみたいけど、スキルやスタンスを学んでも全然上達しなくて自分に嫌気がさしそうになる。
 
わたしにも得意なことが少しはあるかもしれないけど、それ以上にたくさん思いつくのは、苦手なことだ。人より劣っていると感じるところに、どうしても目がいってしまう。
 
「そりゃ、凸凹は誰にでもあるよ」
 
わたしの返答に、父はすかさず応える。
 
「その凸凹がきみらしさだよ。きみはできることがたくさんある。今の仕事も陸上も自分の長所をよく活かしている。でも、もしきみが仕事や走ることができなくなっても、何かを与えることはできるよ」
 
どういうことだろう?
 
「きみが生きている、存在しているということが、ぼくたち夫婦にとっての贈り物だよ。」
 
そうやって息子に優しい言葉を贈ってから、彼はこう締めくくった。
 
「どんなこどもにも凸凹はあるし、しょうがいがあっても、家が貧しくても、誰かに贈り物をすることはできる。ひとりひとり違うらしさを持った、多様性の一部だって伝えるのも、きみの役割の1つじゃないかなぁ」
 
彼は立ち上がり、郵便受けに夕刊をとりに向かった。
 

 
父との対話の翌日から、わたしはこどもたちと話を始めた。
 
「〇〇くんの言葉は聞きとりにくいかもしれない。でもこんな方法で気持ちを伝えてくれてるよ」
 
「□□ちゃんのことをバカにしてたけど、□□ちゃんの素敵なところ、いっしょに探してみない?」
 
「しょうがい」や「貧困」など、自分との違いを見つけ、からかう側のこどもの背景にも寄り添いつつ、じっくり話をした。
 
こどもも職員も集まる夕方の会では、多様な個性を持つキャラクターが出てくる絵本を読んだり、みんなで話し合って、「じぶんをたいせつに・あいてをたいせつに・なかまをたいせつに」という学童3カ条もつくった。
 

 
それから10年近い月日が流れ、わたしは独立し、こどもたちと関わる場は変わったが、試行錯誤は続いている。
 
ひとりひとりの背景や感受性、その時々の心情によって、お腹にすとん! と落ちるような納得感を持ってもらえるかが変わってくるからだ。
 
でも、そんな風に100パーセントうまくいくとは限らない対話も、カラフルな個性や背景を持つこどもたちがさまざまな発言をすることも、あたりまえだと思うようになった。
 
自分の中の凸凹も、社会にあるすべての多様な個性も、ひとりひとりの存在自体も、この世界を彩る優しい贈り物だ。
 
ぱっと見つけた違いは嫌がらず、少しずつ知っていく、その道のりも楽しんでいこう。
 
こどもたちも、それからおとなも、あなたもわたしも多様性の一部なのだから。
 
 
 
 
***
 
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2020-06-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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