誕生日で幸せへの「慣れ」をリセット
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:川﨑 裕子(ライティング・ゼミ日曜コース)
翌日に私の誕生日を控えていた夜の出来事だった。妊娠9か月の私は幸せいっぱいだった。
その日はちょうど健診に行った。逆子だったが「予定日までには戻るだろう」とのこと。私の体重もさほど増えておらず、順調だった。
その日は気分が良く、自分用の誕生日ケーキを焼いた。「明日は、自分が母親になる前の最後の誕生日だー」と感慨にふけっていた。
あとはもう寝るだけ、そんな夜だった。
「ん?」横になると、ズボンのところに何か違和感が……。
なんだか濡れた気がする。「は、破水した!?」
最初は何が何だか信じられなかった。健診でも順調と言われたばかり。
「どうしよう」出産まではまだまだあると思って何も準備をしていない。
とにかく、夫を呼び、病院に電話した。取るものとりあえずで夫の運転で病院へ言った。
冗談ばかり言っている先生の顔も今夜はいつになく神妙だ。
「このまま産まれてしまうの? 赤ちゃんは大丈夫なの?」不安ばかりがつのる。
先生はようやく重い口を動かした。
「逆子な上に、胎児が小さいため、私の病院では扱えません」
「この小さな産院で、のんびり産みたかったよね」
先生も無念そうだった。
ショックを通り越していた。自分で選んだ産院。通い慣れたこの病院でお産をしたかった。
「受け入れ先の病院に連絡しますね」
看護師さんが穏やかな口調で言った。
幸い、隣の市の大きな病院が受け入れてくれることになった。専門の病院も併設されている。「低体重児でも問題ない」とのことだった。
「産前休暇に入ってからでいいや」とお産のこともあまり調べていなかった。これからどんな展開のか全く想像できない……。
「救急車を呼んで搬送してもらいます」
私は行ったこともない病院に運ばれる。生まれて初めて乗る救急車で。「その間、お腹の子は大丈夫なのか」不安で仕方がなかったが、とにかく指示に従うしかなかった。
「子どもとあなたの安全第一です」先生が言った。
救急車で大きな病院に運んでもらうのが一番の策のようだった。
ほどなくして、救急車が到着。タンカーで運ばれた。なんだか緊迫してて、不安になる。
病院の看護師さんが一人、付き添ってくれた。私の手を握って「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と声をかけてくれた。
救急車の中と新旧の病院で私の情報をやり取りしていた。救急隊員が「川﨑さん、お誕生日なんですね。おめでとうございます」と言った。
「ああ、日付が変わったのか」皆さんの気遣いが嬉しかった。でも不安で不安で仕方がなかった。私は涙が止まらなくなってしまった。
そうこうしているうちに、大きな病院に到着。また、タンカーで運ばれた。
知らない場所。知らない病院。知らない先生。知らない看護師さん。
「こんな状況で大事なお産をするのか」
これが、正直な気持ちだった。
スタッフの方々も懸命に説明してくださった。
「お腹の中の赤ちゃんはまだ小さい」
「できれお腹の中に留めておきたい」
「陣痛がくるのを待つ」
「産まれるまで、もしかしたら2週間になるかもしれない」
「逆子なので帝王切開になる」
すべて、寝耳に水のことばかり。破水したまま寝続けることなど想像していなかった。ましてや帝王切開なんて。
今更ググることもできない。本を読むこともできない。
目の前にいる先生や看護師さんたちに質問をぶつけるしかない。
休む暇もなく、次々とスタッフの人がやってくる。入院の手続きに、麻酔の説明に署名に……。
考えても答えが出るものではない。ただ横になって休むしかなかった。そのうちに、お腹が痛くなってきた。これが陣痛というものなのか。
「陣痛がきましたね。朝一番の手術になります」
心の準備が全くできていない。でも、待ったなしだった。陣痛が来たら、お腹には留めておけないのだ。
予定日より6週も早く産まれてくることになる。「隣の専門病院でみてもらえるから大丈夫」らしい。覚悟を決めて、プロを信じるしかなかった。
小さく、小さく産まれてきた娘。
呼吸もままならなかった娘。
おっぱいを飲む力もなかった娘。
あれからもう8年になる。娘は今では低体重児を感じさせない。
あんな状況で産んだのに、ありがたみが薄れてくる。コロナの自宅学習にうんざりもしてきていた。
でも、「もうすぐ私たちの誕生日」と思ったら、あの日のことが鮮明に蘇ってきた。私の出産だけが特別なのではない。一人ひとりがいくつもの奇跡を乗り越えて産まれてきているのだと思う。
誕生日って「幸せへの慣れ」をリセットしてくれる日なのかもしれない。
今年はコロナで例年のようなお祝いはできない。でも、娘の誕生に感謝して、ささやかに祝いたい。
***
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