メディアグランプリ

お金があっても望み通りにいかない話


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記事:西田千鶴(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ええ?! トータル2億?!」
 
臨時給付金10万円が入ったって、何を買おうか? と脳内お祭り騒ぎになってしまう私には、2億とか言われても、いまいちピンとこない。
 
お金さえあれば、旅行でも、家でも、車でも、自分の好きなことに使えるんだよ? 仕事だって嫌なら、無理して働かなくてもいいもん。お金さえあえば、自分の望んだ通りの夢のような生活ができる。そう思っていた。
 
ところが、2億あっても、自分の望み通りに生きられない人がここにいた。
 
その人は、身寄りがいなくて、ひとりぼっち。一人で暮らしてたので、誰もその高齢男性が認知症にかかったことを知らなかった。
 
地元のケアマネジャーさんや役所の人達がそのことを知った時には、すでに遅し。
 
通帳がどこにあるかわからない。
お金の支払い方がわからない。
家のあちこちにメモ書きがあるけど、なんて書いてあるのかわからない。
一人暮らしは無理だからと施設に入ろうとしたけど、代わりに手続きをしてくれる人がいない。
と一人ではどうにもならない状態になっていた。
 
周りの人達がその男性に成年後見人をつけるように裁判所へ手続きをして、選ばれたのが私だったのだ。
 
成年後見人の仕事は、その人がその人らしく生活できるお手伝いをすること。まずやることは、その人が財産をどれだけ持っているのか? を調べることだ。
 
私と本人、そして担当のケアマネジャーさんの三人で本人の自宅へ向かう。しばらく住んでいないその家のドアを開けると、埃っぽくて、むっとむせる匂いがした。足を進めるが、昼間なのに、薄暗いし、古いし、何が出てくるのかわからない。
 
だが、とにもかくにも財産を捜索しなくてはならない。本人の記憶があいまいなだけに、頼れるのは自分の勘だけ。
 
勇気を出して、家の中に飛び込むと、後は、宝探しの冒険者のような気分になってきた。お宝を探して、あちこちを探しまくる。
タンスの引き出し。
押し入れの中。
天袋の中。
 
とにかく探す探す。
 
すると、出てくるわ。出てくるわ。通帳の束が。
 
さらにさらに投資信託やら、昔の株券やら、どっさり見つかった。
 
「うわ。これはすごい」
 
すると、突然「りーーん。りーーん」懐かしい音の電話が鳴った。
恐る恐るとってみると、証券会社からの電話。投資信託の勧誘だった。一人で暮らしている間にすっかりカモにされている姿が透けて見えた。
 
ざっと計算してみたところトータル2億円となった。こんな古びた家にまさか2億の資産が隠れていようとは。
 
男性には兄弟がいなくて、結婚せずにずっと独身。公務員をされていたから、年金もかなり入る。さらに貸家も持っている。まさにお金の入る話しか出てこないのだ。寝ても覚めても、何もしなくても、通帳の中にどんどんお金が増えていく。これは、まさに魔法の通帳を彼が持っていることを知った。
 
「なにかやりたいことはありまなせんか? どこかへ行きたいとか。何か欲しいとか。」
会いに行くたびに、聞いてみた。しかし、彼は「?」といった表情を浮かべ、「ああ、〇〇さん、今日の仕事具合はどうなんよ?」と仕事トークを始める。次第に、私がそばにいるのに、空中に浮かんでいる誰か向かって話をするようになっていった。
 
もしも、家族だったら、わざわざ聞かなくても、好きなことがわかるだろうし、彼が行きたい場所も知っているだろう。私は、彼が何が好きで、どんなことをやったら喜ぶのか? を知らない。彼が望んでくれさえしたら、叶えてあげられるのに。有り余るお金があるのに、私には何もできないのだ。
 
彼が唯一、口に出していたのが「アイスクリームが食べたい」だった。しかも、スーパーカップのバニラ味だけ。それが彼から聞けるたった一つの望み。私は、彼の唯一の望みを叶えんと、せっせとスーパーカップのバニラ味を買い求めた。だけど、一人で食べるのもたかが知れている。しまいには施設の冷蔵庫がスーパーカップバニラ味であふれてしまっていた。
 
結局、大金を残して、男性は亡くなり、巨額の財産は、彼とは縁の薄い親類が受け取ることになった。
 
有り余るほどのお金があったとしても、家のなかに埋もれていては、お金もせっかくの役割を果たせない。持っている人間に、望みがあるからこそ、お金も本来のお役目を果たせるのだ。いつかのためにと、とっておいても、いつかはいつまでもこないかもしれない。使わずに終わってしまうかもしれない。
 
やりたいことがあるなら、いつかやる、なんて言ってる場合じゃないよ。元気にいられる時間なんてたかが知れているんだから。動ける間に、やりたいことをやりなさい、行きたいところへ行きなさい。口で言われなくとも、彼の生き方から、そう教えてもらった気がした。
 
成年後見人をしていると、人生の先輩たちから、言われずとも、生き様を見せていただくことで、教えてもらうことがたくさんある。教えていただくたびに、人生への向き合い方にピンと背筋が伸びる毎日である。
 
 
 
 
***

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2020-06-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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