メディアグランプリ

君は頷かないよね、と振られた話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石見由起(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「君は頷かないよね」と言われて、彼氏に振られたことがある。
随分と前の話だが、その時の衝撃は忘れられない。
 
なに?
いま、なんて言ったの?
何か聞き逃した?
 
私は口を半開きにして立っていたに違いない。
衝撃が大きすぎて、何を言っているのか理解できなかったのだ。目の前にある彼の顔が、まるで能面のように見えていた。
 
ギャグのつもりならタチが悪すぎるよ。
私はそう言って、無理やり笑顔を作って見せたが、相当歪んでいたのだと思う。彼の顔に怒ったような表情が浮かんでいた。お互いのシリアス度合が違った時に、いつも見せる顔だった。
 
そこで交渉も試みた。文章にすると自分でも笑ってしまうが、何度も彼に繰り返した。
「これから頷くようにするから!」
 
ところが彼の決心は断固たるものだった。
その日を境に私達は別れた。
 
一人になって呆然とした後には、怒りがこみあげてきた。
頷くとか頷かないとか、そんなことで別れるの?
頷いていないからって話を聞いていないわけじゃないよ!
むしろ、真剣に聞いているし、そんなことは会話が続けば分かることじゃないか!
 
私は納得できる理由を探した。心の傷を埋めるために理由が必要だったのだ。
ほかに好きな子ができたんだ。
なんてヤツ。本当のことを言わないなんて、卑怯にもほどがある。
私はそう言い聞かせて乗り切ろうとした。
 
思い出すと胸が痛くなるが、当時の私が全く気付いていなかったことがある。
それは、彼はとても誠実だったということだ。正直に理由を説明していたのだが、あの頃の私には理解できなかった。
 
私は本当に「頷かない」という理由で振られた。
そのことに気付いたのは、6年も経ってからだったのだが。
 
過去にあった出来事の意味に突然気づくことがある。以前は全く理解できなかったことが、重大な意味を持って明確になる。霧が晴れたように、すとん、と腑に落ちるのだ。
「頷かない」と言って私を振った彼の思い出も意味も、忘れた頃に自分の中に降りてきた。
 
彼に振られて6年目の夏、私は会社の新人研修を手伝っていた。みな素直で勉強熱心。そして新人らしいフレッシュさに溢れていた。いつもは気難しい上司も「今年は特に豊作だ!」と上機嫌だった。
 
その中に、興味を惹かれる新人がいた。多弁という訳でもなく、どちらかというと大人しい印象だったが、グループ研修ではいつもリーダーだった。彼がまとめ役となったグループは、活気に溢れて楽しそうな議論が飛び交っていた。新しいアイディアが次々と発表されていた。
 
研修が終わって打ち上げになった時に、彼はビールを飲みながら言った。
「僕、相手が頷いてくれないと凄く不安になるんです」
頷いてくれない人は別の次元にいるような気がするんです。別次元にいる人とは、何をやっても繋がれない気がして、コミュニケーションを取ろうという気持ちが萎えるんです。
だから、話を聞くときは良く頷きます。そして聞いている時は、自分の意見は出来るだけ考えないようにします。
 
6年前の記憶がよみがえった。
あの時見落としていたのは、相手の気持ちだったのか?
もしかしたら6年前の彼も、今目の前にいる彼のように不安でいっぱいだったのかもしれない。
 
彼と一緒に過ごしていた間、いつも頭の中で自分の意見を反芻していた。彼の気持ちを理解しようと努力するよりも、自分の意見をまとめる方を優先させていた。
 
私の意見はこんな感じかな?
私だったらこうするかな?
こんな風に、いつも自分が話すタイミングだけを計っていた。
 
私はそこに居なかった。
彼と同じ空間にはいなかった。
自分の“頭の中”にしか居なかったのだ。
 
今なら彼の不安が手に取るようにわかる。
いつも一人ぼっちで取り残されて、どんなにさみしかったか。私に話しかけるたびに、繋がろうとするたびに、一人であることを痛感していたに違いない。
そりゃあ、別れたくもなるよね。
苦笑いしかない。
 
“頷く”というのは、相手の話を聞いているという合図だ。たとえその時は理解不能でも、分かりたいという思いを伝えるためのものだ。
それと同時に自分への確認でもある。私は相手と同じ場所に居て、繋がっている。だから自分の考えで色を付ける前に、貴方の思いを先ず受け止めるという覚悟なのかもしれない。
 
話すという行為は常に不安が付きまとう。反論されるかもしれないし、批判されるかもしれない。それでも話し続けるのは誰かと繋がるためなのだ。
繋がる覚悟をまず相手に伝えようと思う。不安にさせたらコミュニケーションは失敗なのだから。
 
 
 
 
***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-06-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事