メディアグランプリ

その手紙に返事が来なくても、わたしは愛を込めた。


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記事:ゆりのはるか(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
まだ幼かった頃、おじいちゃんに手紙を書くのが好きだった。
 
おじいちゃん、元気にしてる?
今日はお母さんがカレーを作ってくれたよ。
 
ハート柄のレターセットに、その日あった他愛もない出来事をつらつらと書いては出して、おじいちゃんが読んでくれるのを楽しみにしていた。
 
「お母さん、書けたー!」
 
「はいはい。じゃあ出しにいこっか」
 
その手紙を投函するのに、切手は必要なかった。洗濯ばさみで挟んでベランダのハンガーにつるしておくと届くのだ。お母さんに抱っこしてもらって、わたしはいつも自分でその手紙を挟んでいた。
 
返事がきたことはなかったけど、きっと読んでくれていると思っていた。その手紙は、必ず封があいた状態でわたしのもとに返ってきたから、ちゃんと届いてるんだと、そう信じていた。
 
わたしはおじいちゃんが大好きだった。お母さんの話を聞いていると、おじいちゃんがいかにすごい人で多くの人に愛されていたかよくわかった。だから、わたしはおじいちゃんのことを尊敬していたし、話したいことがたくさんあった。
 
お母さんのご飯がおいしかったこと、友達とセーラームーンごっこをしたこと、おばあちゃんの誕生日会をしたこと。書いても書いても、話は尽きなかった。
 
おじいちゃん、元気にしてる?
返事が欲しくて、何度も問いかけたことがある。
 
それでも返ってくることはなかったけど、おじいちゃんが愛していた家族の近況を知らせることと、おじいちゃんを想う言葉を届けることで、おじいちゃんが少しでも幸せな気持ちになってくれたらいいな、と幼心にそう思っていた。
 
手紙を書く、ということはわたしにとってとても神聖なことだ。
読んでくれたときの相手の表情を思い浮かべながら、相手が喜んでくれそうな言葉を選んで紡ぐ。文字に気持ちが宿ることを信じて、一文字ずつ丁寧に書いていく。その行為を、何よりも大切にしていた。
幼かったあの頃から大人になった今でもずっと、それは変わらない。
 
だから、何気なくその言葉をかけられたとき、わたしは衝撃で固まってしまった。
 
「そんなに時間かけるなんて、ばかみたい」
 
大人になったわたしは、手紙を書く機会がめっきり減った。友達や会社の人とのやりとりは基本メールやLINE。年賀状すら出さなくなった。おじいちゃんへの手紙もいつからか出さなくなってしまった。
 
そんなわたしが唯一、変わらず丁寧に言葉を選んで手紙を書く相手は好きなアイドルだった。いわゆるファンレターだ。コンサート前に書いて、会場に設置されているBOXに投函する。それが習慣になっていた。この日も、友達と会場近くのカフェで早めに集合して、ファンレターを書いていた。
 
「もう書き終わったん!?」
 
わたしがまだ伝えたいことを整理している段階で、その子はすでに手紙を書き終えていた。
 
「いっぱい書いてもしゃーなくない? あんたの好きな子、返信くれるタイプちゃうやろ」
 
どうやら彼女は、「好きです」ということをさらりと簡潔に書いて、返信用はがきを入れてファンレターを書き終えているらしい。彼女は自分の気持ちを伝えるためというより、相手に自分を認知してもらって返信をもらうために手紙を書いていた。
 
「返信をもらうことだけが大事ってわけじゃないと思うねんけどな……」
 
読んでくれている確証がなくても、返信がなくても、疲れたときに見ると少しでも元気になれるような手紙を届けることができればそれでいい、とわたしは思っていた。わたしにとって一番大切なことは、自分の選んだ言葉で大好きな人に幸せな気持ちを届けること。たしかに返信がないのは寂しいけど、見返りが全てじゃなかった。
 
でも、わたしがそう語ると彼女はぐさりと確信をつくようなことを言ってきたのだ。
 
「相手がどう思ってるかなんて、結局直接言葉もらえへんかったらわからんやん」
 
その通りだった。わたしが一方的に想いを語ったところで、それが本当に相手を幸せにしているかは、返信をもらえない限りわからない。この手紙はただの自己満足かもしれない。そう思うと、切なかった。結局、その日は少し動揺しながらも変わらず丁寧に手紙を書いて、BOXに投函した。
 
おじいちゃんに書いていたあの手紙も、無駄だったのかな。
 
「どうしたん、元気ないやん」
 
家に帰ってからもそうやって落ち込んでいると、お母さんが声をかけてくれた。
 
「お母さん、わたしがおじいちゃんに書いてた手紙さ、意味なかったんかな。だって、おじいちゃんは読んでないし」
 
あの手紙を、おじいちゃんが読んでいるはずはなかった。わたしが生まれる前におじいちゃんは亡くなっていた。だから、返事が来ることもない。あの手紙を開けていたのはお母さんだった。本当はわかっていた。
 
「そんなことないと思うよ。お母さんははるかが一生懸命書いた手紙を見て、幸せな気持ちになったよ。おじいちゃんが愛されてるって思うと嬉しかった。おじいちゃんにもきっと伝わってるよ」
 
お母さんのその言葉で、心のモヤモヤがすっととれた。
 
「そっか、よかった」
 
どんなに想いのこもった手紙でも、届けたい相手に必ず読まれるとは限らない。でも、その手紙が誰かに開封されたとき、そこに込められている想いは読んだ人の心を動かすのだ。たとえそれが読まれたかった相手じゃなかったとしても。特定の誰かのために書かれた本がベストセラーになるのは、そういうことだろう。
 
おじいちゃん、元気にしてる?
そう問いかけ続けたわたしの気持ちは、お母さんの心に幸せを与えていた。
間違いではなかった。
 
好きなアイドルに書いた手紙だって、たとえ本人に読まれなかったとしても周りのスタッフやそのアイドルの家族が読んでくれているかもしれない。わたしの想いのこもった手紙を見て、彼を支える人たちの心が少しでも温かくなってくれていたらいいなと思う。そして、わたしが届けたかった愛や優しさがまわりまわって本人に届けばいい。
 
誰かを想うこと、その気持ちを言葉にすることに、無駄なんてひとつもないのだ。届かないかもしれないと思っても、その気持ちを伝えることを諦めてはいけない。その気持ち自体に大きな価値がある。
 
そう思うと、返事のない手紙も愛せる気がした。
 
 
 
 
***
 
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2020-06-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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