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商談中に寝てた営業マン「一つの質問」がきっかけで開花した話

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:海老原 一司(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「商談中に寝るって、おまえ仕事なめてんの?」
営業マネジャーが怒気を含んだ声でいった。
「まあまあ。でもお客様を目の前にして寝るのは、さすがに営業としてまずいよ。お客様にも失礼だしね」
同僚をなだめつつも諭すように説明する私。
 
I君は当時20代後半だった。ITベンチャーで新規事業立ち上げをしていた頃、I君は新規開拓営業として入社してきた。
185cmの長身にサーフィンで真っ黒に日焼けした顔。
営業経験ゼロ。入社面接の自己アピールは「体力には自信があります」だった。体力と打たれ強さだけが取り柄の若手営業マンだ。
 
私は新規事業のプロダクトマネジャーという立場だったが、市場調査もかねてすべての営業商談に同行していた。
アポイントが取れると私、営業マネジャー、I君の3名で顧客を訪問する。
新規事業なので、商談相手とは大抵初顔合わせだ。次につなげようと私と営業マネジャーの2人が商品コンセプトを必死に説明する。
商談中ふと隣を見るとI君が寝ている。目はうつろで首がガクガク。いわゆる船をこいている状態だ。
 
私は驚いた。大人数の社内会議で寝るなら、まだわかる。
しかし、こちらは3人、お客様2人の合計5人の打合せ。初対面のお客様が目と鼻の先にいる。
そんなに寝不足なのか?
 
寝不足という問題ではなかった。
I君は、いつも商談でお客様の前で寝た。会話に参加はしないが、長身のI君が船をこいでいるとさすがに目立つ。
これはまずい。なんとかしなくては……
 
注意するだけではダメだ。
当然のようにI君は何度も説教されている。
反省はしているようだ。だが、反省は役にたたなかった。
心を入れ替えることは無意味だ。
 
なにかないか?
自分に置き直してみるとどうだ?
さすがに商談で寝たことはない。
大人数の会議でも寝ない。
わからない……
 
待てよ。
大人数の会議でも寝ない。しかし、眠くなったことはなんどもあるんじゃないか。とういうか、誰でもあるはずだ。
つまらない会議は眠くなるな。
あと、出席しているだけで出番がない会議。ヒマなんだよな。
わかった気がする
 
I君は、商談中ヒマなのだ。
お客様への商品説明から質問の受け答えまで、すべて私か営業マネジャーが話している。
新商品ということもあり、商談の中身も経験の浅いI君にはさっぱりわからない。
出番もないし、話題にもついていけない。
そりゃ、ヒマにもなる。
 
ヒマならI君に役割を与えてみるのはどうだ?
ただ、商品説明はまだ無理だ。
仲の良いお客様ならまだしも新規開拓営業だ。苦労してアポイントまでこぎ着けた商談を棒に振るわけにはいかない。
なにかないか?
 
「今日の商談だけど、君に役割を与える。お客様に質問して。質問内容はなんでもいいから、必ず一つは質問すること。いい?」
私が言ったのは、これだけだ。
その日I君は一つだけ質問をした。
正直、たいした質問ではない。
商談にはまったく影響しない。
I君が話したのは挨拶と質問の2回だけだった。
 
ただ、その日のI君は寝なかった。
眠いそぶりも見せなかった。
「海老原さん、起きてられました」
日に焼けた顔に目立つ白い歯を見せながらI君はうれしそうにいった。
 
話題について行けないのはいつもと同じだ。
しかし、いつも違ってI君にはたった一つの役割があった。
質問をすることだ。
I君はなんとか一つでも質問しようと会話に注意を払っていた。
ヒマではなかったのだ。
 
心を入れ替えるのは無意味だ。
いくら心を入れ替えろと怒っても何も変わらない。
必要なアドバイスは、実行可能な具体的行動だ。
その行動がきっかけで、ドミノ倒しのように次につながっていくとなおよい。
 
その後I君が商談中に寝ることはなくなった。
質問の数も少しずつ増えていった。
的を射た質問もできようになった。
一人で新規顧客訪問をこなせるようになった。
 
相変わらず説明がうまいほうではない。
しかし、少しずつI君の強みが活きてきた。
IT系新規事業なので日々開発しながら商品を売っている。
何度も不具合が起きる。
お客様に何度も怒られる。
 
I君は打たれ強かった。
お客様にも怒られる。社内でも怒られる。
でもめげなかった。
営業、特に新規開拓営業には打たれ強さが欠かせない。
優秀でもプレッシャーで潰れていった営業マンを何人も見てきた。
精神的タフさは重要な資質だ。
 
I君は、お世辞にも優秀とはいえない。
ただ、新規開拓営業に必要なタフさを持っていた
営業は結果がすべてだ。
ただ結果が出ないこともある。
生き残りには、結果が出ない苦しい時期をしのげる能力がいる。
I君にはそれがあった。
 
それから5年後にI君に再会した。
二人はそれぞれ別々の会社に転職していた。
I君はまた別のIT企業で営業をしていた。
なんと組織変更で営業マネジャーになるそうだ。
 
相変わらず説明はあまりうまくない。
ただ、会話から視野は広がっているのを感じる。
結果も出せているようだ。
 
I君の最初のドミノは一つの質問だった。
ここまでつなげられたのはI君の資質と努力だ。
あのときの一つの質問がなければ彼は開花していたのだろうか。
もしI君の人生を変える一押しができていたのならうれしいことだ。
 
ランチを食べながらいった。
「そういえば最初のころ商談で毎回寝てたよね?」
相変わらずサーフィンで日焼けした真っ黒な顔。白い歯を見せてI君は苦笑いした。
 
 
 
 
***
 
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2020-06-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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