「二重まぶたにしてくれへんかな」と言われた私が、たんぽぽの花を咲かすまで
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:三木 幸枝(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「幸枝さんは、うーん……、たんぽぽかな!」
私はがっかりした。薔薇とか百合とかじゃないんだ。
中学生のときのこと、担任の先生が生徒一人一人を花に例えてくれた。自分の番を待ちかねて、どんな素敵な花かと期待していたのに。
幼い頃から容姿にコンプレックスがあった。特に気に入らないのが厚ぼったい一重まぶただ。世の中の二重まぶたの女の子はみんなかわいく見えた。
ほかのことでなんとか補おうと、おしゃれに気を遣ってみたり、いつも愛想良く笑顔でいることを心がけたりもした。「内面を磨こう!」といった見出しがついた、姉のティーン誌を読みふけったりも。しかし、雑誌のモデルの女の子はもれなく二重であったし、結局は、目のぱっちりしたかわいい子が世界の中心のように思えた。
高校生の時、初めての彼氏ができた。こんな私を好きになってくれるなんて! と、人生の救世主のように思えた。後にも先にも私にはこの人しかいない、と必死になった。
しかし、気持ちなどすぐ移ろうもの。ほどなくして、彼にはほかに好きな人ができ、私はあっさり振られてしまった。
しかし、私は彼を忘れられなかった。私を初めて認めてくれた人なのだもの。史上最高に上がった自己肯定感が、再び地べたまで下がりきってしまうのが耐えられなかった。
京都の大学に進学した彼を追いかけて、こっそり同じ大学を受験した。結果は不合格。しかし、執念で同じ京都の女子大に合格し、めでたく春から同じ土地で過ごせることとなった。
彼は驚いていたが、初めての地での新生活、お互い不安もあったのだろう。以前のようにまた頻繁に会うようになった。私はとても嬉しかった。ありのままの私を受け入れてくれるのはこの人しかいない。
ところが、ある日、彼から突然思いもよらない言葉を聞く。
「二重まぶたにしてくれへんかなあ……」
私は耳を疑った。
彼は言った。私のことが好きだけど、実は一重まぶただけが気になっていた。それを二重まぶたにしてくれるのなら、一生一緒にいたいと思う、と。
私は泣いた。ずっとコンプレックスであった一重まぶたの存在を改めて突きつけられて、苦しくて泣いた。また、彼が受け入れてくれていたと思い込んでいたが、実はそうではなかったということが堪えがたくて泣いた。
いつの間にか、となりで彼も大粒の涙を流していた。
西日の差し込む四畳半の彼の部屋で、二人でわんわん泣いた。
ひとしきり泣くと、二重まぶたにするためにどうすればよいかを二人で話し合った。
彼の、私のことを好きだという気持ちも本当だと信じた。
調べたところ、安いところでも手術は両目で10万円ほどかかる。二人で毎月のバイト代を貯めて、半年後には手術を受けるという計画をたてた。
ずっとコンプレックスだった一重まぶたとお別れできて、しかも彼の愛情も手に入る。私に迷いはなかった。
お互いに涙で腫れた目を見て笑い合い、次に会う約束をした。
彼のアパートから5分ほど歩き、こじんまりした天ぷら屋さんの前のバス停から、私はひとり自分の家の方面のバスに乗った。
車窓に映る自分の顔をぼーっと眺めていた。
バスに揺られた小一時間は、私に冷静さを取り戻させるのに十分な時間だった。
なんで、彼は泣いたのだろう。
そのころ私は、通い始めた大学で、自分の世界の広がりを肌で感じ始めた頃だった。
彼を追いかけて決めた大学だったけれど、さまざまな地方出身の本当に多様な個性の人がいて、毎日驚きと発見があった。
ファッションもいろいろ。目の覚めるような美人もいたし、いろんなオタクもいた。帰国子女もいたし、容姿がぱっとしなくても、めちゃめちゃ話が面白いひともいた。そしてそれぞれみんな自分の世界を持っていて、屈託なく楽しそうであった。
美人しか生きる価値がないと思い込んでいた私にも、個性派揃いの友人たちはとても優しく愉快だった。私の話を熱心に聞いてくれ、他愛ないことでおなかが痛くなるまで笑い合った。がんばらなくてもよい空間がそこにはあった。
自宅付近のバスの停留所が近づいたことを知らせるアナウンスがあり、私はバスから降りた。
自宅に帰った私は、その後二度と彼には会わなかった。
コンプレックスに翻弄される自分に、疲れてしまっていたのかもしれない。また、若さゆえの夢見がちな気持ちが、そう長く続かないということに、気がつき始めていたのかもしれない。
多様な世界で、私もその一部として居られる場所を見つけたことも大きかった。
彼を追いかけてきた先の地で。人生とはまったく予測できないものだ。
数年後、私は、ありのままの自分を受け入れてくれる人と結婚した。
私の一重まぶたは相変わらず。
朝、顔を洗うとき、鏡の前で大きく目を見開いてみることがある。
目が大きかったらまた違う人生だったかも、と考えることもあるけれど、私の周りにはいろんな容姿、いろんな個性の人がいて、それぞれ魅力にあふれている。
コンプレックスをごまかすためにはじめた愛想笑いもすっかり板につき、いつのまにか心の底から笑えるようになった。
先生の言葉を思い出す。
たんぽぽ。
派手さはないけれど、ぱりっとした黄色で小さいながらも力強く咲くイメージ。
たんぽぽの花のことを好きな人は、たくさんいる。
もちろん私もそのうちのひとりだ。
***
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