メディアグランプリ

お母さん、キライだなんて言わないで。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:森北 博子(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「今度の通院の日に付き添ってくれるのは、Tちゃん? それとも、博子ちゃん?」
電話越しの母は、恐る恐るそう尋ねた。
 
「私だよ。Tちゃんは、仕事、休めないみたい」
と答えると、母は少しホッとしたように
「悪いわね、いつも。遠いところを申し訳ない」
と言った。声がパッと明るくなったように感じた。
 
三カ月ごとの母の通院には、姉(Tちゃん)か私のどちらかが付き添っていた。前々から姉に「次は無理そうだから、お願い」と頼まれていたので、その心づもりでいた。
 
両親が東京での自営をたたみ、田舎に引っ越して20年余りが経つ。80歳を超えた老人の二人暮らしは、離れて暮らす私たち子どもにとって、年々心配なことが増えてきている。「何かあったらすぐに連絡してね」と日ごろから言ってはいるものの、困ったことに「何か」あっても心配かけまいと内緒にして、二人でなんとかしようとする。それがかえって大ごとになって、その都度、私たちは振り回されてきた。
 
昨年の入院騒ぎがまさにソレで、父が転倒して起き上がれなくなり、床に寝かせたまま看病し続け三日も黙っていた。「あのね、実は……」と母から電話がかかってきたときには、ビックリするのと同時に、またか、と呆れ返った。その後、父の退院と入れ替わるように母が体調を崩して入院、ガンが見つかり摘出した。本当に大変な一年だった。
 
母が姉を怖がるようになったのは、父が入院したあたりからだったと思う。
 
それまで姉は、長女としての責任感と、訪問看護師という職業柄もあってか、事あるごとに父と母に言い聞かせてきた。
 
例えば「要らないものを処分して、いざというときのために現金に替えておいた方がいい」といった終活のことであったり、「元気で長生きしたいなら、食生活を見直して適度に運動したほうがいい」といった健康面であったり、「体の衰えを自覚して、そろそろ免許を返納したほうがいい」とか、いずれも親を思っての言葉掛けだった。
 
なのに当の二人は「そうだね、そのうち」とか、「わかっているけど、なかなか」とか、ノラリクラリとかわして何一つ実行に移そうとしてこなかった。
 
しかし昨年、姉からキツくお灸をすえられたらしい母は、私が会いに行くたび「Tちゃんは怖いからキライ」と言うようになった。むろん「キライ」というのは本心からでなく、単に怖さの度合いを表したかっただけなのだろう。でも母の口から「キライ」と聞かされるたび、姉を不憫に思って私の心はザワついた。
 
姉は日常的に人の死と向き合う現場にいて、担当する利用者さんの多くをご自宅で看取っている。病院での看護よりも近しくご家族と接しているからこそ、送る側と送られる側、双方の視点からいろいろ見てきたのだろう。専門家の意見なら父も母も聞き入れてくれるだろうと、敢えて憎まれ役を買って出てくれたのだと思う。姉はいつも冷静で、父と母を優しく諭してきた。けれども母は、耳の痛いことを散々言われて「Tちゃんに叱られた」と拗ねてしまったのだ。
 
母の気持ちもわかるが、姉のことを悪く思ってほしくはない。私は母に「Tちゃんは優しいね。お父さんやお母さんたちのこと、大切に思っていなきゃ言えないことだよ」「Tちゃんは、私たち妹や弟が言えない代わりに、敢えて心を鬼にして言ってくれてるんだから、嫌ったりしたら可哀そうだよ」などと言って、なんとか誤解を解こうと試みた。そのときは母も「そうだね」と納得してみせるのに、また次に会いに行ったときには「Tちゃんは怖い」と同じことを繰り返す。母は一体、ボケてしまったのだろうか? と疑ってみたこともあったが、どうやらそうではなさそうだった。
 
しかし最近、その謎がスルッと解けたのである。
 
ある日、大学で看護を学ぶ長女の教科書に、その答えを見つけた。オンライン授業のあと、テーブルに広げたままのページにふと目をやると「すなおな『甘え』と屈折した『甘え』」という項目が目に留まった。それによれば、「拗ねる」「ひがむ」「ひねくれる」「恨む」「ふてくされる」といった態度は、「屈折した甘え」と括られるらしい。
 
そもそも「甘え」とは、小さな子どもと母親との関係性を表すときに用いられることが多いが、成人であっても「甘え」は『人間の健康な精神生活に欠くことのできない役割』を持っているのだという。甘えられる関係が成り立っていると『孤立無援の恐怖や見捨てられる不安におびやかされずにいられ』て、自分は『特別な存在である、気にかけてもらえているという感覚』が『自己愛の源』に繋がっていくのだ、と書かれていた。
 
そうか! 私はハッとした。
 
そういえば昨年、病院に母を見舞うたび、「みんなに世話をかけるだけの存在になってしまった自分が情けない、申し訳ない」と何度も言っていた。「長生きしてもしょうがない」と弱音を吐くことさえあった。幸い今では元気に日常生活を送れるまでになったが、当時はどう励ましたらよいか途方に暮れるほどの落ち込みようだった。
 
何度も私に繰り返す母の「屈折した甘え」は、自己愛を取り戻すために必要なことだったのだ。きっと姉も、母に「キライ」と言われていることはお見通しなのだろう。それをわかってもなお、根気よく父と母に言葉掛けをし続けている姉は、やはり看護のプロなのだな、と思った。
 
これからも母は、会うたびに姉のことを愚痴るに違いない。けれどももう、私の心がザワつくことはない。私はただ根気よく話に付き合って、私たちの愛情を父と母に精いっぱい伝えていこうと思う。私たちにとって両親は、いつまでも特別な存在なのだから。
 
参考文献:系統看護学講座 専門分野Ⅱ 精神看護の基礎 精神看護学①(医学書院)第3章「人間の心のはたらきとパーソナリティ」より
 
 
 
 
***
 
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2020-06-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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