誰にも迷惑をかけない人生の終わり方
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:森北 博子(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「先生、私、写りたくないんです」
ある年配の受講生が言った言葉を、ふと思い出した。
今から10数年前、私はパソコン教室の講師として担任を持っていた。
学校形式の集団授業を行うスタイルだったのだが、3カ月間のタームが終わるごとにクラス全員で記念写真を撮るのが恒例となっていた。
Sさんは60代前半の女性で、普段から物事をハッキリと言う人だった。
「今期でお辞めになる方もいらっしゃるので、ぜひ皆さんと、記念に」
と促しても、Sさんは頑なな態度を貫いた。
それ以上は場の雰囲気を悪くすると思い、そのままSさん抜きで集合写真を撮ることにしたのだが、後でSさんは申し訳なさそうにその理由を教えてくれた。
「ほら、私、独り者でしょ? 子どももいないし。親も兄弟もとうに亡くなっているから、私が死んだあと、写真が残っていたら処分に困るじゃない? だからなるべく余計なものを残さないようにしてるの。今まで撮った写真は全部捨てちゃったし、新たな写真も増やさないでおきたいの。ごめんね、先生」
そう言ってSさんはケラケラと笑った。
それは、今で言うところの「終活」であった。
Sさんは明るく社交的な人で、いつもお喋りの輪の中心にいた。授業のあと、よくクラスの仲良しグループで食事に出かけることもあったらしい。でもSさんは、たとえ親しい間柄であっても、一緒に写真におさまることはなかったのだろう。当時まだ30代後半だった私は、Sさんの考え方に理解はしつつも、なんとも言えない寂しさを覚えた。
しかし私も50歳を目前にして、Sさんの気持ちがなんとなくわかるようになってきた。きっかけは両親の終活だった。二人は揃いも揃って物が捨てられない。家の中は物が溢れかえっていて、大きな地震がきたらひとたまりもないほど雑然としている。戦争を経験した世代だからなのか「もったいない」が口癖だった。そうした家庭はたくさんあるらしく、近年ニュースでも、親の遺品整理が問題として取り上げられるようになっている。ゴミの処分費用には莫大な費用が掛かり、その負担は子どもたちに大きくのしかかっているという。私も両親の遺品整理のことを考えると、正直言って頭が痛い。
だから私は反面教師として、自分の子どもたちには負担はかけたくないと思ってきた。人はいつ死ぬともわからない。だから突然その時がやってきても周囲を困らせないように、自分の最期の始末は、ある程度まで自分で片をつけておかねばならない。
外出自粛期間中に断捨離をする人が多かったようだが、私もその一人であった。「いつか使うかも」という妄想を振り払い、ガシガシと無心で物を捨てた。しかし、思ったほど部屋は片付いていない。意外にも捨てられなかったのは、本、資料、取扱説明書、アルバム、賞状、子どもたちの描いた絵、思い出深い手紙……、といった紙類だった。1つ1つ「要・不要」を確認したものの、結局は元に戻してしまった。これらが無くなったら、さぞ室内はスッキリするに違いない。なのに、どうしてもできなかった。
一体どうすれば片付くのだろう? そう思っていたところ、ある女性国会議員が、私に素晴らしいヒントを与えてくれた。
それは、
「時代はクラウドなんです」
という発言であった。
一時Twitterをはじめとしたネット上を大いに賑わせたので、ご存知の方も多いと思うが、ここでは発言の経緯は省かせていただくことにする。
一部の人たちからは「クラウドの仕組みを理解していない」と失笑を買ったようだが、私にはそんなことはどうでもよかった。まさに「渡りに船」であった。
「捨てられない紙類は、家の中ではなく、クラウドに保存しておけばいい」
もう何年も言われてきた「デジタルデータ化」「ペーパーレス化」が、その答えだった。
取扱説明書は、古い製品でも型番で検索すれば、大抵PDFで見ることができる。本は電子書籍化されているものがあるから、そうなっていないものだけとっておけばいい。自分の写真や子どもの絵・賞状などはスキャナーで取り込んでデジタルデータ化すればいいし、手紙や資料も同様にPDF化すればいいのだ。
大事なものはクラウドに保存しておけば、いつでもどこでも、どんな端末からでも、ログインすれば見ることができる。紙は破れたり汚れたり色褪せたりして劣化するし、燃えてしまえば跡形も残らない。だから案外、手元に残しておくよりも安全なのかもしれない。不要になれば、ワンクリックでデータを削除すればいいだけだ。
エンディングノートには、アクセス方法とともに「自分が死んだら、これを削除してほしい」と書いておこう。子どもたちは遺品の処分に莫大な無駄金を払わずに済み、「お母さんは始末のいい人だった」と感謝されるかもしれない。「立つ鳥、跡を濁さず」である。
Sさんの終活を聞いたあのときから、長い月日が経った。Sさんは今、どうしているだろう。もしも再び会えるとしたら、今は自分の写真をとっておいても誰にも迷惑をかけない方法があるのだとお伝えしたい。昔の写真は無くても、これから写真を増やしていって、誰かと共に過ごした時間を思い出したり、懐かしんだりしてほしい。独り身だって、写真を楽しんだっていいじゃないか。
あぁ、そうか! Sさんは好奇心旺盛で頭のいい方だったから、きっと私に言われなくてもやっているかもしれないな。
「先生、ごめんね。やっぱり写真って、いいね」
なんて、ケラケラ笑いながら。
***
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