泥沼で、蛭とワルツを
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:河内愛子(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「うーん、うーん、とても読みやすく、きれいにまとまっていると思うのですが、率直に言うと、きれいにまとまりすぎていると言いますか」
私は今、天狼院書店ライティング・ゼミという講座を受けている。文字通り、文章の書き方を教えてくれる講座だ。
昔から文章を書くことに対して苦手意識はない方だったが、もう少し上手になりたい、そのためには人からきちんと教わりたいと思って受講を決めた。
このライティング・ゼミには課題投稿がある。週1回、2000字程度の文章を書いて提出する。そこで採点を受け、合格すれば同書店のサイトに掲載してもらえるらしい。
「うわー、作文を採点されるなんていつぶりだ?」
おそらく数十年ぶりの感覚に、ほんの少し血が騒いだ。
そして記念すべき第1回投稿、冒頭のフィードバックをもらって私は落選した。
自分なりにかなり時間をかけたつもりの文章だった。ある程度書いたら必ず1日寝かせてから読み直し、推敲を重ねた。初めは書こうと思っていたことのいくつかも、読みやすさやバランスを考慮して思い切って切り捨てた。そしてテーマは私にとって「魂の故郷」とも言うべき、広島カープについてだった。
ワインドアップの姿勢から思い切り腕を振って投げた球がきれいに外野に運ばれたピッチャーの気持ちがわかった気がした。
見事掲載を勝ち取ったクラスメートたちの作品を読んでみた。
その中に、「魚の食べ方がきれいだったから」という理由で並み居るライバルたちを蹴散らし、重要なプロジェクトのメンバーとして社長に一本釣りされた人の話があった。
「要するに、出世なんて上の目に留まるかどうかの運ゲーって話じゃん……」
ひねくれた解釈だと自分でも思った。
「『生粋のカープファン』と書かれているので、もう少し熱量がほしかったかなと思いました。『もうカープが好きで好きでたまらない!!』という熱量が伝わってくると、読者も興味を持ちやすいかなと」
続いて書かれていたフィードバックを踏まえて、改めて自分が提出した文章を読み直した。
「2600文字も費やして伝わらない熱量ってなんだよ……」
落選した文章をフラットな心で直視するのは書くよりもずっと気恥ずかしい作業だった。
そして、文章を書きながらどんなことを考えていたかを思い出してみた。
書き始める時、「どこのチームのファンでもない人が読んで、カープに興味を持ってもらえる文章を書こう」と目的を設定した。これ自体は間違っていなかったと思う。
一見さんに興味を持ってもらうためには主観ではなく客観的な情報で語ろう。ガチ勢が鼻息荒く語ると引かれるかもしれないからテンションは肌感覚で7割くらいに抑えとくか。曲がりなりにも「ライティング・ゼミ」の投稿課題なのだから、ちょっとおすまし顔の文章にした方が受けがいいだろう……。
つまるところ、カッコつけた結果きれいに滑ったのだ。
「また、チャレンジしてみてくださいね」
そう締めくくられたフィードバックを読むなり、坂口安吾と森鴎外を読み始めた。「文章が上手になりたければ文豪と呼ばれる人の文章を読め」と習ったからだ。
講義中にとったノートも読み返した。初回に投稿した文章は習ったことが反映されていないと思った。
クラスメートの投稿も当落問わず読んだ。面白い作品は2000文字だろうが2500文字だろうが読み切るまであっという間だという共通点があった。講義に出てきた「最後まで読ませる文章を書け」とはこういうことか。
そうしているうちに、やさぐれた心がだんだんと潤ってしゃっきりしてくるのを感じた。
そういえば、会社の昇格試験に落ち続けて破れかぶれで大学院に通い始めた頃、先生がこんなことを言っていたな。
「マドルスルーを楽しみましょう」と。
マドルスルーとは、泥の中のように先が見えない状況で、手探りで進んでいくという意味だ。
泥の中に身を浸すことは一瞬気持ち悪い。眉間にしわが寄り、「うっ」と声が出てしまう。
でも次第に慣れてきて、そのどろどろ、ぬるぬるがかえって気持ちよくなってくる。たまに蛭が体に吸い付くことがあるかもしれないが、別に死にやしない。
何より、「何もしなかった自分」を置いていく感覚がとても気持ちいい。
もし第1回投稿がさくっと掲載されていたら、安吾や鴎外を読もうと思わなかったかもしれない。講義を復習したり、クラスメートの作品を読んだりすることもなかっただろう。ああ、落選してよかった!
大学院の先生はこうも言っていた。
「人間が一番成長するのは『ラーニングゾーン』にいる時だ」と。
人間の心の状態には3つあって、ストレスがなく穏やかなのが「コンフォートゾーン」。
非常に強いストレスがかかって顔が真っ赤、目が回っているのが「パニックゾーン」。
そして、適度にストレスがかかって、心が冷や汗をかいているのが「ラーニングゾーン」。
今私がいるのは間違いなくこの「ラーニングゾーン」だ。私は成長している最中なんだ!
なぜ文章が上手くなりたいと思ったのかはわからない。でもちょっとした、しかし新しいチャレンジをしたことでこれまで知らなかった自分の感情を知った。読んだことのない本を読んだ。したことのないことを経験した。泥の中には、初めての発見がたくさんあった。
せっかく泥沼の中にいるならマドルスルーを楽しもう。そこに住む蛭たちと、いっそワルツを踊るような気持ちで。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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