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子連れ父ちゃんで、社会を変えた話

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:新明 文(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「はじめてのおつかい」と言えば、4歳くらいの幼児がスーパーに一人で買い物に行く長寿番組だ。一人でおつかいをして帰ってきた子どもを抱きしめるシーンでは、毎回涙がでそうになる。同じ展開だと分かっていても、だ。
 
ではこんな企画はどうだろう。
 
「子連れ父ちゃんはじめてのおつかい」
 
4歳の幼児ではなくて、子連れ父ちゃんがはじめてのおつかいにいく企画だ。
 
「大人でしょ? 大丈夫でしょ。そんなの全然見ていて楽しくないよ」と思うかもしれない。
しかし、今から20年前は、「全然大丈夫」じゃなかった。
 
時はミレニアムに沸く2000年。専業主婦世帯と共働き世代の割合がちょうど同じころだ。(今は専業主婦世帯より共働き世代が大幅に上回っている)
女性の社会進出がじわじわと広がり始めたころだった。
 
そんな中、専業主婦の妻をもつ父親に数組に集まってもらい、妻なしで子どもと二人でおつかいをする企画を私の上司は計画した。
 
ルールは簡単だ。商店街のお店に何軒か寄って、買い物をしてうどんを食べて戻ってくる。誰でもできる。約3時間のショッピングタイムだ。
 
妻に用意してもらったマザーズバックを持って、子どもといざ出発だ。ベビーカーに乗っている子もいれば、お父さんと手をつないで遠足気分の子もいる。お父さんたちも余裕の表情だ。しかし、始まって数メートル歩いたところで、いきなりきた。
 
「父ちゃん、おしっこ」
 
親なら知っていると思うが、子どもが尿意を感じるころにはもう遅い。あと数分でもらしてしまうだろう。
そのお父さんは4歳の男の子と0歳の女の子を連れていた。
「え? トイレ? なんでさっき聞いたときしないんだよ~。トイレどこですか!?」
みんなでトイレを探す。上方にあるトイレの看板を見つけた。ベビーカーを押しながら、男の子をトイレへと促す。
 
「おっと!」
 
ベビーカーが道の段差にあたり、前のめりになる。なんとかこらえる。道は凸凹していて障害物競争のようだ。
 
やっとトイレにたどり着いた。
しかしトイレはとても狭い。ベビーカーが入らない。参加者の他のお父さんにベビーカーを預けて、男の子とトイレにはいり、事なきをえた。
 
「うえええーーーん」
 
トイレからでると、今度は状況がわからない娘が泣き出していた。アクロバティックなベビーカーが怖かったのかもしれない。不安そうな父ちゃんの顔をみて、不安になったのかもしれない。
 
泣き止まないので抱っこをした。
「え? もしかしてお前も……」
ずっしりしたおむつが手にあたる。
「おしっこでありますように…」
匂ってみる。
「あー」
父親の顔が曇る。匂ったようだ。
「おむつを替えないわけにはいかないな……」
でもここの男用トイレはベビーカーも入らない。女子用トイレをみてみると、男子用よりは広そうだ。おむつ替えの台もあるようだ。
 
「どうして、女子のトイレにしかないんだよ!」とつぶやいた。
 
思ったところで、気が付いたそうだ。
「そういえば、お出かけ先でオムツを変えたことなんて一度もなかったな」
でも何とかしなければならない。ちょっとお尻は汚いけど、次のトイレまで我慢してもらおう。目的は買い物ではなく、トイレ探しになってしまった。
 
さっきまで明るかった父親の顔が、どんどん暗くなっていった。
ようやく見つけた少し広いトイレにもおむつ替えのスペースはなかった。しかたなく、ベビーカーを利用しておむつを替えた。変え終わったころにはすでに30分を経過していた。
 
その後セルフうどんのお店にはいって食事をした。お盆に熱々のうどんをのせてベビーカーを押す。こどもにうどんを食べさせながら、自分も一気にうどんをかき込む。味わう余裕などない。
 
何とか「おつかい」が終了するころには父親たちは真っ青な顔をしていた。
いつも任せっぱなしの妻に詫びる者、道の整備を訴える者、公共施設の不充分を訴える者。共通して言えることは、みんな妻への感謝の気持ちを口にしていた。
 
私の上司は子育て支援のNPOを運営している。転勤族だった彼女は右も左も分からない土地で子育てをしなければならなかった。今のようにインターネットやSNSで情報がすぐ手に入らない。その苦難を乗り越えるべく、自分でサークルをつくり、困っている人に情報を届けようと情報誌を作った。読者からたくさんの励ましや悩みの手紙をもらい、「わたしの困りごとはみんなの困りごと」を合言葉に社会に働きかけてきた。
 
「社会は変わる」
 
私は、上司からその言葉を聞いたとき信じられなかった。社会を変えるなんて考えたこともなかった。上司自身も昔は変わると思っていなかったらしい。
 
しかし、現に私の上司は、町のトイレにおむつ替えスペースをつけさせた。商店街に自転車の侵入を禁止した。歩きたばこも禁止させた。ベビーカーの運行を妨げるし、危険だからだ。
 
そうか、私たちはみんな「市川房枝」なのだ。ただ、「まだ気づいていない市川房枝」だ。
 
困っていることがあれば、声をあげよう。
諦めなくてもいい。我慢しなくてもいい。一人で戦わないでもいい。
まだまだ社会は変わる。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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