メディアグランプリ

想像するやさしさ、問わないやさしさ


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記事:渡邊真澄(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「何か理由があるのかもと、想像してほしい」
つけっぱなしにしていた朝のテレビから流れてきた声。台所にいた私は、その部分だけが大きく聞こえた。テレビの前に行くと、アナウンサーが知覚過敏のためマスクがつけられない人たちの意思表示カードを紹介していた。フリップにも書かれていたその言葉は、私が10年以上思い続けていたことと同じ言葉だった。「私だけやなかったんや」と嬉しかった。そして他の親子と違っていた私と息子を、「何か理由があるかも」と想像してくれた人たちのことを思い出した。
 
前夫と離婚したとき、4歳の息子とこんな話し合いをした。「あんな。パパさんと離婚したから、あーちゃん(私)の上のお名前変わるねん。今までお仕事で使ってたお名前になるねん。あんたは自分のお名前、どうしたい? あーちゃんと同じにしてもいいし、今までと同じ上のお名前でもいいで」息子はちょっとだけ考えてあっさり答えた。「今までと同じお名前にする。ぼく、生まれた時からこのお名前やから」親の都合で住む場所も保育所も変わった息子。名前くらいは自分で考えて選ばせてあげたいと思っていたので「じゃ、そうしよな」と言った。こうして私たちは、周りの親子とは違う『親子別姓』を始めた。
 
「お母さんとお子さん、上のお名前が違うんですが……」小学校に入った息子の初めての懇談会で、遠慮がちに担任の先生が聞いてきた。「離婚時に私は旧姓に戻しました。息子は『生まれたときと同じ名前がいい』言うたんで、前夫の名字にしています」と説明した。「事情がありお母さんと同じ名字にはできないなら、学校では『通名使用』にしてお母さんと同じ名字にもできますから。いつでも相談してくださいね」先生はそうに伝えてくれた。ひとり親家庭が多い小学校だったが、親子別姓は私たちだけだった。息子が前夫の戸籍に入っていたので、複雑な事情があると思われたようだ。先生とのこのやりとりは、毎年繰り返された。3年生の頃「ええかげん、担任変わるときにうちらの親子別姓の件引き継いでくれんかな」と思ったが、引き継ぎはなかった。「今年は名前どうする?」と4月になると息子に聞き続けたが、卒業まで名前を変えたいとは言わなかった。6年生の4月、息子に「名前どうする?」と息子にきくことを忘れていた。それから数か月後、親子別姓を問われるできごとがあった。
 
「今日帰りの電車でな『おまえんち、なんでおまえとお母さんで名字違うん?』ってIに聞かれてん」日曜日の夜、サッカーの練習から帰ってきた息子が話し始めた。「おー、6年生になってついにきたか、その質問」と私はちょっとドキドキした。「そん時、Sが怒ったんや。『おまえな、そういうのは聞いたらあかんねんぞ! ひとにはいろいろ事情があるんや!』って言うたんや」驚いた。Sくんはサッカーチームのリーダー格でやんちゃな子だった。低学年のころは、サッカーが上手くない息子にきつく当たることもあった。あの子がそんなこと言うようになったのかと、ちょっと意外だった。「そんで、あんたはどう思ったん?」息子にたずねた。「俺がなんか言う前にSが怒ったからな。それにびっくりしたわ。聞いてきたIも『そやな。ごめんな』言うてくれたし。別に聞いたらあかんようなことでも、謝るようなことでもないねんけどな」その後はいつものように、駅から家まで仲良く帰って来たらしい。翌日からまた息子とSくんやIくんはふざけて遊んで、サッカーをしてという毎日に戻った。息子たちのあっさりとした様子に驚き、そして嬉しかった。思えば、彼らのお母さんたちもそうだった。私が離婚したことや親子別姓を選んだことを知っても、「そうなんやね」と言ってそれでおしまい。「なんで親子で名前が違うの?」と理由を問われたことはなかった。自分たちの家庭とは違う、ひとり親で別姓の私たち親子を「そうなんやね」とさらりと受け止めてくれていた。やさしい子どもたちとやさしいお母さん達だった。
 
息子の友達親子のような人たちばかりではなかった。別姓親子を選択したことの理由を問われたことも、批判をされたこともあった。自分とは違う側面をもつ人や、自分と違う選択をした人。そんな人を目の前にすると、すぐに「なんで?」とたずね、相手に理由を求める。出された理由が受け入れられないときは、自分が正しく相手が間違っていると批判することもある。でもそのたび私は思った。違っていることは、間違っていることじゃない。そして、私自身こうしようと決めた。批判する前に、「なんで?」とすぐに問う前に、一旦止まる。そして、想像する。想像しても何も浮かばないなら、「そうなんやね」と自分の心に置いておく。時間が経って理由がわかることは、世の中にたくさんある。
 
息子も、SくんもIくんも大学生になった。彼らは私たちに親子別姓を問うたことを覚えているだろうか。あの頃のやさしさを持ったまま、「いろんな事情」を想像できる大学生になっていたらいいなと思った。
 
 
 
 
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2020-07-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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