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うがいをしないフランス人と、マスクをする日本人


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記事:浅丘由美子 (ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「ガラガラーッ、ペッ」「ガラガラーッ、ペッ」
 
「あのさ……、それ、もう少し静かに出来ないの?」
 
フランス人の夫と初めて一緒に住みだした時に、びっくりした事のひとつは、「うがい」である。
 
日本人からしたら当たり前の習慣。
 
「外から帰ってきたら、靴を脱いで,手洗い、うがい」
 
フランスでは、ほとんど、非常識だ。
 
私は、長い間、文字通り
 
「フランス語の辞書に、「うがい」という文字はない」
 
と思っていたが、今、調べてみたら出てきた。Gargarisme というらしい。
 
しかし、長年多くのフランス人と付き合いがあるが、今までこの言葉を使った人に会った試しがない。夫も使った事がないと言う。
 
夫に、フランス語で、手洗い、うがいしてね。と言うために、長年、
「手と、のどを洗ってね」
 
という、妙な言い回しをしていた。
しかし、そのお陰で、夫はいつの頃からか「うがいをするフランス人」だ。新型コロナ禍よりずっと前から習慣になっている。
 
フランス人と一緒に住んでみて、驚いた事は他にも沢山ある。
 
フランスでは(というか、知っている限り、欧米諸国全般)、音をたてて食事をする事は御法度だ。初めて一緒に、ラーメンを食べた時には、
 
「食べる時に、音をさせないでくれる?」
 
と難題を突きつけられた。あの麺をすする独特な音が、不愉快で我慢出来ないという。
 
最初は「無理!」と思ったが、訓練の結果? ほとんど音をさせずに、ラーメンや、そばや、うどんを「美味しく」食べられるという高度な技術を身に付けた私だ。
 
夫は、音をさせてラーメンを食べようと思っても出来ないそうだ。
人間、熱い麺類を「ハフハフさせながらずるずる音をたててすする」という行為をせずに育つと、大人になってからしようと思っても出来ないのだ。
 
私がいくら頑張っても、フランス語の単語の途中にある「ou」 という発音が出来ないのと同じように。
 
新婚生活をしている我が家に、私の学生時代の女友達が数人遊びに来た時の事だ。
私と友人達が、おしゃべりに集中出来るように、夫が飲み物をサーブしたり、まめまめしく動き、良い仕事をしてくれた。
 
「フランス人の旦那さんって、いいなあ」
「家の事とかも、沢山してくれて」
「いつも優しそうだし」
 
などと、お世辞半分口々に褒めてくれる。新婚ホヤホヤ(死語?)の私は嬉しく思いながらも、
 
「そんなことないよー」
 
と日本的に、謙遜して返事をした。
 
友達が帰って、片付けをしていたら、なぜか夫が不機嫌だ。
理由を聞いたら、
 
「なんで、そんなことないよー。なんて言うんだよ?
 
家の事、沢山やってるじゃん。オレのこと優しくないと思っているの?」
 
などと、本気で怒っていた。フランス人に、日本式の謙遜という概念を理解してもらうのは難しい。
フランスだけではなく、欧米で「うちのワイフは、何も出来なくて」なんてパーティーの席で言ったら、フランス人やアメリカ人の奥さんとは離婚騒ぎになり、周りからは、この夫婦は上手くいっていないのだろうと思われるのがオチだ。
 
今ではこんな話も笑い話だが、結婚してからの、1、2年は、実によく喧嘩をした。こんな人と一生添い遂げるなんて無理! と思った事は、数えきれない。それは、夫も同じだった事だろう。
お互いに新しい共同生活に慣れるまで、沢山の「折り合い」が必要だったのだと思う。
最近では、ほとんど喧嘩もしなくなった。
人前で夫を褒められたら「ありがとうございます!」と言ってしまうので、夫も満足そうだ。
 
結婚した当初、多くの人に、「国際結婚ってどう?」「フランス人の旦那さんって、どう?」と聞かれたものだ。
国際結婚は、日本人同士の結婚と比べて、離婚率が高いという統計データもある。国際結婚に憧れるという人もいるかもしれないが、国際結婚は難しいはずだという固定観念もある。
 
確かに長い結婚生活の間には、いろいろな事があった。ただ、それは国際結婚だろうが、日本人同士の結婚だろうが同じではないだろうか。
別々な環境で育ってきた、赤の他人だった二人が一緒になり、「折り合い」をつけながら、新しい家庭を築いていく。大切なのは、お互いを尊重して、何とか歩み寄りながら新しい形を作っていく事なのだと思う。国際結婚かどうかに関わらず、それぞれの夫婦にそれぞれの苦労のストーリーや、幸せなストーリーがある。
 
私の場合、喧嘩を沢山していた頃には、夫を自分の思い通りに変えたいという気持ちが強かったように思う。そのうち、相手の嫌なところは短所ではなく、相手の個性だと思うようになったら、上手くいきだした。
 
確認した事はないが、夫も、私の短所を私の個性だと認めてくれているのではないかと期待している。
 
25年前の、7月1日にフランスで結婚式を挙げた。
つまり、明後日、銀婚式を迎える。
 
コロナ以降、外出する時には「マスクをするフランス人」になった夫と、これからも、末永く仲良くしていきたい。
病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も……。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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