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雨の日の賭け


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:楠林いずみ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「10分だけでいいから、雨止んでー!」
という願いも虚しく、雨は振り続ける。
 
今日は、賭けに負けたのだ。
仕方がない、濡れて帰ろう。
負けを認め、諦めて、自転車置き場を出た。
 
わたしは、車を持っていない。
ちょっと出かけるときは、もっぱら自転車である。
子どもを乗せられるシートを後ろにつけた、いわゆるママチャリだ。
 
その日は、午後から雨が降り出した。
朝、息子と学校が終わったら図書館に行く約束をしたのに。
図書館は、自転車で10分だが、歩いたら30分くらいかかる。
雨の中、傘をさして、重たい本を持って歩いて帰るなんて、考えただけで億劫だ。息子にも、「疲れたー」とか「歩きたくない」とか散々言われることだろう。家に帰るのが遅くなるから、帰った後、家事もバタバタしなければならなくなる。
 
歩いて行くのは避けたい。
 
図書館に行くのは明日にしようか。でも、息子と約束したし。なにより、予約している本を受け取れるのは、今日が期限だ。随分楽しみに待ったので、やっと回ってきた順番を逃したくない。
 
昨日行けばよかった。昨日は晴れていたのに。
息子と約束をしなければよかった。一人なら、音楽聴きながら、楽しく歩いて行けるのに。
いくら後悔しても、あとの祭り。
雨は止まないし、時間も戻らない。
 
チラチラと窓の外を見る。
いくら見ても、雨は止まない。
 
そろそろ出ないといけない時間になってきた。
なんとなく、なんとなく、さっきより小雨になった気がする。
このくらいだったら、サッと行けば、そんなに濡れずに自転車で行けるかもしれない。
実は、日頃から、割とタイミングよく雨が止むことが多い。楽観的すぎるかもしれないが、淡い期待を抱いてしまった。
 
「さあ、どうする?」
自分に問いかける。
「雨が止むに賭ける? それとも、諦めて、文句言われながら、歩いていく?」
 
答えは、「雨が止むに賭けたい」だった。
「この雲行きなら、雨が止むに違いない!」と冷静に見極めたというより、「雨が止んでくれなきゃ、困っちゃうよー」という感情に、単に乗っかっただけだった。
 
普通に考えて、こんな浅はかな気持ちでギャンブルをしていたら、賭けるお金なんて、すぐになくなってしまうだろう。
 
ともかく、玄関で、わたしは、雨が顔にかからないようにキャップを深くかぶって、息子の分の傘だけ持った。外に出て、雨音にひるんだ。やっぱり結構しっかり降ってるかも。それでも強引に、自転車に乗って、息子を迎えに行った。
 
学童で息子を迎えた後、「雨降ってるけど、図書館行く?」と念のため聞いてみた。
息子は、なんのためらいもなく「うん、行く」と言う。
「やっぱり行くのか、濡れちゃうなぁ」という気持ちと「予約の本諦めなくてすんでよかった」という気持ちが入り混じる。
 
息子には後部シートで傘をささせて、わたしは何の雨具もないまま、図書館に向けて自転車を走らせた。
 
図書館に着いた時点では、まあ少しは濡れたけど、人からみてみっともないほどではない。ホッと一息つく。
 
本を選んで、図書館を出た。外を見たとたん、げんなりする。雨が、見るからにひどくなっている。小雨から本降りになってしまった。最初からこの雨量だったら、自転車で行こうなんて、全く思わない。
 
「まじか……」思わず口に出た。
息子は楽しそうに外に出て行く。
「ママ早くー」と言われる。
「ちょっと雨ひどくなってるから、少し雨宿りしてから帰ろう」と答えるも、息子は早く帰ってYouTubeを見たいので、「早く」の一点張りだ。
「はあ……」ため息しか出ない。
のろのろと自転車に荷物を乗せ、空をうらめしく見上げる。
しっかりとした雨音。水たまりに落ちる雨の波紋。
全然止みそうな気配はない。
 
グズグズしながら、周りを見ると、向こうの自転車置き場では、高校生が合羽を取り出して、着ているところだった。
「だよねー、合羽いるよねー」と思うが、持ってきてはいない。
 
仕方ないので、悪あがきで「10分だけでいいから、雨止んでー!」と願いを口に出してみた。
それでも雰囲気的に、雨宿りしていればそのうち止むような雨ではないとわかってしまう。
息子は「まだ行かんの?」と言う。
本当に、無防備なままで自転車をこぎ出すのはためらうような雨の降りかたになっていた。
 
「あー残念。今日は、雨が止むって賭けに負けたわー」と声に出した。負けを認めたら、しょうがないか、と心が決まった。雨に向かって自転車をこぎ出した。
 
すぐに、「あれ?」と思った。
覚悟したより、冷たくない。
なんと、息子が後ろからわたしに傘を差しかけてくれていた。
ママがグズグズ独り言を言っているから、かわいそうになったらしい。
息子の優しさが、すごく嬉しかった。
心が温かくなった。
 
でも、結構頑張って手を伸ばしてくれてたようで、彼はすぐに疲れた。
疲れてるけど、優しさは忘れていない。
そうなると、傘がわたしの背中に押し当てられて、雨の雫が垂れてきて、逆に冷たくなった。
 
息子の優しさは嬉しいけど、その優しさのせいで余計に濡れているわたし。
その状況が、だんだん面白くなってしまって、結局、びしょ濡れなのに、笑いながら家に帰った。
服は絞れるほど濡れてしまったけど、なんだか幸せな気持ち。
帰ったら、息子と温かいお風呂に入ろうと思った。
 
 
 
 
***

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2020-07-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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