ただ、そう言って欲しかった~小指を優しくほぐされて、泣いた話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:三木 幸枝(ライティング・ゼミ通信限定コース)
とにかく私は疲れていた。今年度から職場の環境や仕事の内容が変わったせいもあるのだろう。肩こりがひどい。そして、寝違えたような肩の痛みが3日ほど治まらない。
これはさすがにまずいと思い、職場の先輩に教えてもらった整体院へ行くことにした。
初体験の整体。予約の電話をし、指定された場所を訪ねた。整体院は、ちいさなアパートの一室にあった。穏やかな微笑みをたたえた女性の整体師さんが出迎えてくれた。
柔らかな光の差し込む静かな部屋で、まず、全身が映る鏡の前に立つことを促された。
「右肩が下がっていますね」
言われたとおり、鏡に映る自分の肩は、左右の高さが違っていた。
そのほか簡単な問診やチェックがあった。
右の足が左に比べて少し短く、また、足のサイズも右が小さいとのこと。確かに、右だけ靴がぱかぱかと脱げやすい。体の左右のバランスが少し崩れているようだ。もしかして、肩の痛みもそのせいかもしれない。
ベッドに横になり、施術を受ける。
関節をゆっくり動かしたり、体のあちこちにそっと触れ、優しくほぐしたり。
当初イメージしていた、ものすごく揉んだり、また、バキバキと音が鳴ったりするものではなかった。とてもリラックスする時間だった。
「小指が、とても、頑張ってますね」
夢見ごこちで横たわる私の、右手の小指をほぐしながら、整体師さんは静かに言った。
どきっとした。そしてその瞬間、涙が滲んだ。
右手をすごく使っていますね、手を使うと、小指にも、とても負担がかかるんですよ。手の指同士もつながっています。
さっき左の腕もほぐしたから、右もだいぶん楽になっているはずです。右と左もつながっています。
整体師さんの話を聞きながら、滲んだ目を必死でごまかした。
小指が頑張っている、と言ったのを、まるで、私のことを「頑張っている」と言ってくれたように感じたのだ。
そう、私はとても頑張っていた。
4月から仕事が変わって緊張の毎日だった。でも、私より若い子もたくさんいるし、私が不安がっていてはいけない、みんなを引っ張っていく存在でなければと、毎日努めて明るく振る舞った。仕事がうまくいかず憂鬱なときも、不安でじっとしていられないときもあった。でも、奥歯を噛みしめて、努めてそれを外に出さないようにした。
みんなしんどい。頑張っている。私だけじゃない。
もちろん、明るく振る舞うことで気持ちも切り替わり、前向きに仕事もできたのだけど、やっぱり、無理していたのかもしれない。
私は「頑張ってるね」と言って欲しかったのだ。
体が緩んでいるところへ、不意に届いた言葉に涙が滲んだ。
そういえば、昔、同じようなことがあったな。
ベッドの上でぼんやり思い出す。
狭いアパートで、初めての育児をしていたときのこと。当時夫は仕事でほとんど家におらず、いわゆるワンオペ育児だった。
命を預かっている緊張感と、ちゃんとした母で居なくてはという気持ちで、常に気持ちが張り詰めていた。
夜通しで泣く娘に疲れ果て、自分の鬱憤を晴らすように、仕事から帰った夫をなじる。娘が眠る明け方になってやっと冷静さを取り戻し、子どものことを疎ましく思ってしまうことや、イライラを夫にぶつける自分を、悔いる。
「子どもはすぐ大きくなるよ」「今のこの可愛いときを楽しまないとダメ」「みんなが通る道よ」など、すでに大きな子どもがいる友人や母などに言われた。
当時の私は、一日一日が精一杯。先が想像できず、素直に受け取ることができなかった。毎日が辛かった。
「……頑張ったんやなあ」
で、涙がぶわっとあふれた。
これは、娘の6ヶ月検診に行き、保健センターの看護師さんがかけてくれた言葉。
私は、問診で毎日の生活を淡々と述べただけ。毎日辛いんです、とは言わなかった。しかし、保健師さんは私の表情からいろんなことを察したのかもしれない。
「そう、私、頑張ってるんです」と思ったけれど、胸がいっぱいで声にならなかった。
母として当然、とか、子どもを泣き止ます具体的なアドバイス、などではなくて、私はただただ、「頑張ってるね」と言って欲しかったのだ。
その後のことはあまり覚えていない。けれど、すっきりした気持ちで帰宅したのだと思う。相変わらず娘はよく泣く子で、ぐっすり眠れる夜はなかなか来なかった。けれど、頑張っている私のことを知ってくれている人がいる。そう思うだけで、心が軽くなった。
整体師さんが、優しい声で施術の終わりを告げた。
私はゆっくり目を開いてベッドから起き上がった。
鏡の前に立ってみると、見事に肩の高さもそろい、間の開いていた膝もぴったりとくっついていた。そして、長い眠りから覚めた後のように、とてもすっきりと、さわやかな気持ちになっていた。
体は全部つながっている。言われてみれば当然のことだけど、ものすごく腑に落ちた。そして、体と心もつながっているのだ。
「頑張ってるね」と言って欲しかった私。
帰りの車のなかで考えた。
私だけではないかもしれない。あの子もこの人も頑張っている。
心では思っているけれど、口に出して伝えられてはいなかったな。
そういえば、あの子、毎日必死でやっているけど、笑顔をしばらく見ていない。
明日、「頑張ってるね」って、ちゃんと言葉にして言おう。
軽くなった肩でハンドルを切る。
行きには気づかなかった、線路沿いの紫陽花が、色とりどりの花を咲かせている。
***
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