女性はいつまで輝けるのか
記事:蒔田 智之(ライティング・ラボ)
僕の部署に二人、女性の後輩社員がいる。
二人とも20代半ばと若く、とても魅力的だと思う。
(間違っても「そうではない」とは本人たちの前でとても言えないが!)
ひとりは、上司との接待ゴルフでもそこそこお高い日焼け止めは欠かさず塗って、お肌のケアを欠かさない。
もうひとりも、きちんと髪を整えてメイクを決めて毎朝出社している。
女性の美容に関して朴念仁の僕でも、二人が自分の身だしなみに気を配っているのは見ていてなんとなくわかる。実際、話を聞いていると色々気をつかっているようだ。
僕が勤めている会社は、男性の方が多い。
その中で女性が活躍するのも、大変なところはあるのだろう。
とある女性の後輩社員が、新入社員として配属されたばかりの頃。
彼女の身だしなみについて、上役の間で問題になったことがある。
それは、化粧が濃すぎる、という理由だった。常識の範囲で身だしなみを整える、というのが社是の一つと言っても過言ではないうちの会社だ。当時の上司は彼女を呼び出して、相当お説教をしたようである。
しかし、彼女は折れなかった。自分のスタイルを貫き、最後には上司たちをお手上げ状態にさせてしまったのだ。もちろん、彼女自身仕事に熱心で、実力があったことも影響しているだろう。いつの間にか、彼女の化粧についてあれこれ言う人はいなくなった。
内容がなんであれ、配属されたばかりの上司に反抗するのは相当勇気が必要だ。もし僕が彼女と同じ立場になったら、同じようなことは全くできる気がしない。それだけ、お化粧のことは彼女にとって譲れなかったのだろう。
このように、女性にとって「美」は、とても大切な問題だ。
特に女盛りである20代半ばくらいの女性にとっては、なおさらそうだろう。
いや、ちょっと待ってほしい。
「美」の問題は20代の女性だけの問題ではないだろう。
人によっては、30歳手前が、女性が最も美しい年齢だ、と言う人もいる。
また一方で、40代くらいが一番魅力的だ、と語っている人も見たことがある。
いや、ひょっとすると50代や60代でも女性は魅力的でいられるのではないだろうか。
例えばベテラン女優の吉永小百合さんは、還暦を過ぎてもポスター写真に写るほど美しい。
それぐらいの年齢でも、女性はまだまだ輝けるのだ。
では、女性は何歳ぐらいまで女性らしく輝けるのだろう。
このことについて、おもしろい逸話がある。
大岡越前といえば、時代劇で有名になった江戸町奉行だ。
「大岡裁き」として有名な一連の話の中に、こういうお話がある。
ある時大岡越前は、不貞を行った女のお白洲に臨んでいた。
女の方が男を誘惑して、不倫をしたという。
審議の中で、大岡越前はどうしても納得がいかないことがあった。
それは、被告の女が40代の年増女だったからである。
江戸時代で40代ならば、現代の感覚に変換すると60代、いやひょっとしたら80代くらいかもしれない。確かに、大岡越前が腑に落ちなかったのもうなずける。
このことがどうしても気になった大岡越前は、自分の母に聞いてみたそうだ。
「女性の性欲というのは、何歳まであるものなのか」と。
それを聞いた母は、無言で火鉢の中の灰を掻き回したという。
その所作を見て、大岡越前は悟ったそうである。
「女性の性欲は、死んで灰になるまである」と。
これで疑問がすべて解けた大岡越前はお白洲にもどり、裁きを申し渡したそうな。
これにてめでたく、一件落着・・・・・・。
というお話になっている。
しかし、僕は一件落着できなかった。
母親の、火鉢の灰を掻き回す所作の真意は結局わからないし、高齢の女性が誘惑して性行為をするということ自体に、リアリティを感じられなかったのだ。
大岡裁きのお話としては面白いかもしれないが、どうにも作り話のような感じがぬぐえなかった。
この時はどうにもいまいち割り切れなかった僕であるが、のちにこの考えを180度改めることになるとは、このときは全く想定していなかった。
今年の8月のことだ。
お盆休みに入り、僕は日々たまった雑用を急ピッチでこなしていた。
例年ならのんびり旅行をしてから実家に戻るというスケジュールを組むのだが、今年に限っては事情が変わっていた。
僕の祖母はまだ健在だ。
100歳近い年齢になっているが、それでも毎日元気に暮らしている。
はずだった。
お盆休みに入る前に、母から連絡があった。
最近、祖母の様子がよくない。
何かにつけてもう生きるのは疲れたと愚痴をこぼし、食欲も減ってきているという。
以前は起き上がって、居間までご飯を食べに来ていたが、最近は歩く足取りもあまりおぼつかないようだ、と。
それを聞いて、歳も歳なので、仕方ないところもあるとは思った。
しかし、弱っている祖母の様子を想像すると、やはりどうしても不安になる。
僕はいろんな予定を切り上げて、帰省を早めることにした。
元々今年の夏は実家でゆっくり過ごすつもりだったので、スケジュール調整自体はさほど困難ではなく、予定を1日程度、前倒しで実家に帰ることになった。
これが確定したのが帰省する1時間ほど前。
実家にとっては急で迷惑な話だが、僕の事情もあるので致し方ない。
決まったのが夕方だったので、実家に着くころには夜になっている。
さすがに夕食くらいは一緒に過ごしたいと思い、「今から帰る」と自宅を出る直前で実家に電話をした。
僕は元々おばあちゃんっ子だった。
祖母にはよくなついていて、家にいるときは片時も離れなかったくらいだ。
祖母も孫のことはとてもかわいかったのだろう。
あれこれ手を焼いてくれていた。
年月が経ち、僕の方はだいぶ親離れ、というか祖母離れしてきたが、祖母にとって孫は何歳になっても孫らしく、今でも僕が実家に帰省するたびに喜んでくれている。
そんな祖母がだいぶ弱っているという。
道中、自然と足が早まった。
自宅から実家までは、電車で1時間くらいの距離だ。
実家に着くなり、真っ先に祖母の寝室に向かった。
果たして祖母はどういう様子なのか。あまりいい予感のないまま、僕は部屋の扉を開けた。
「おかえりなさい! 」
元気な「祖母の」声が寝室に響いた。
は!?
祖母は、ベッドから起き上がっていた。
僕の姿を見るなり、挨拶をすると、窓が少し開いているので閉めてほしい、と言った。
非常に快活な声で。
これはいったいどういうことだ。
事前に母から聞いていた状況と違う。
僕はてっきり、頬が痩せこけ肌色も悪い祖母が、ベッドに横たわっている状況を想像していた。
しかし、目の前にいる祖母の姿は、そのイメージと正反対だった。
声に張りがあるし、肌も血色がいい。手を握ってみたが、握り返す祖母の手のひらは非常に力強かった。
挨拶もそこそこにして祖母の寝室を退室すると、僕は居間に向かって母に問いただした。
「おばあちゃんの具合、聞いていたのと全然違うんだけど! 」
若干いらついた口調で僕は母に尋ねた。なかなか実家に帰ってこない息子に対して、母はわざと大げさな言い方をしたのではないか、そんな疑念が頭をよぎっていた。
しかし、母の答えを聞いて、僕はより一層困惑してしまった。
確かに、僕が電話をかけてくるまでおばあちゃんの調子は悪かった。しかし、僕が帰省してくると伝えた途端に、慌てて起き上がり、髪をとかして身なりを整え始めた、という。
その時の様子を、母はおかしそうに伝えてくれた。
それを聞いた僕は祖母の変わりようについて何が起きたのか全く想像がつかなかったのだが、先の「大岡裁き」の話を思い出したときに、妙に合点がいった。
前にも書いたが、祖母は100歳近い高齢だ。女性としてのピークはとうの昔に過ぎている。
そんな祖母が、孫が帰ってくると聞いたとたんに「美」を意識した。
異性相手ではなく自分の身内に対しての愛情表現だと思うが、その時祖母は「老女」から一人の「女性」へと明らかに変わったのだと思う。
「女性の性欲は、死んで灰になるまである」
最初はぴんと来なかったこの言葉が、この一件で非常に生々しく感じられるようになった。
100歳になろうが何だろうが、「女性」は「女性」なのだ。
自分が気になる、いわば「意中の相手」が目の前にいれば、女性はいつだって美しくなれると思う。
逆説的にいうと、美しくあり続けるためには、「気になる人」を常に意識できることが大切なのかもしれない。
恋をすることは素晴らしいことだ、といわれるけれども、恋をすることは自分を輝かせ、人としての営みを続けていく原動力になるのではないだろうか。
美容やダイエットについて様々な方法論が世間ではあふれているけれども、一番大事なのは、相手のことを想う気持ちをいかに持てるか、ということなのかもしれない。
そのためには、日ごろから自分の心を磨き、感性を高めることが大事だ。
変わり映えのない日常生活を送り、様々な雑音の中に身を投じていると、そういう感覚は次第に鈍くなっていく。どこかでそういった日常から距離を置き、自分を見つめ磨く時間を作ることが大切なのではないかと思う。
今年のお盆休みは、ほとんど実家で過ごすという非常にのんびりとした時間となった。
祖母は、僕が自宅のアパートへ帰るつもりだったその日に、再び体調を崩した。
僕は心配のあまり自宅へ帰るのを一日遅らせて様子を見たが、それに安心したのか祖母の体調はわずか一日で回復し、若干安心して僕は自宅へと戻った。
1週間後、気になって僕は実家に電話してみた。
母の話によると、あれ以来どうしたものか、別人のように元気になってしまったらしい。
受話器越しに、母が笑うのをこらえながら話す様子が伝わってきた。
どうやら祖母は、まだまだ長生きできそうである。
お盆の時は急いで帰ったためろくに支度もできなかったが、また近いうちに実家に帰ろう。
帰る途中にお土産でお菓子でも買って、お茶でも飲みながら祖母と話をしようと思う。
その時、祖母が一体どういう顔を見せてくれるのか。今からとても楽しみである。
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