命の音
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記事:かなで(ライティングゼミ平日コース)
「あなたがこれまでで一番記憶に残った音を答えなさい」
これは数年前に受けた採用試験の一番最後の問題である。
こんな局所的で超個人的な、しかもなかなかの熱量が必要そうな質問を出してきたのは、現在勤めている音響効果の会社である。
音響効果とは映像に合う音を選ぶ仕事であり、世の中に数少ない音を扱う専門職だ。
この質問に、私はなん答えたのか。
その解答は5年前のある経験に由来するので、お付き合いいただきたい。
「個展やってるんだけど、来てくれないかな?」
絵を描いている友人が、実家で個展をするとのこと。まだ出会ったばかりだが、彼女とは今後一緒に仕事をすることとなっており、どんな風景の中でどんなものを描くのか見てみたいと、素直にそう思った私は夜行バスのチケットを取った。
2015年の夏、私は1人岩手県大船渡に向かった。
彼女の個展は古く趣のある蔵で行われていた。
作品の根底にあるのは、海と詩。
鑑賞しているだけでその世界に飲み込まれて、様々な音が流れ込んでくるような、言葉を失うほどに素晴らしい作品だった。
鑑賞と、少しだけ手伝いをした後、
また後でご飯でも、と約束して、私は1人目的にまでのルートを調べていた。
「ここまで来たんだし、陸前高田の方行ってきたらいいかもね」
そう、ここに来る前に、彼女に言われていた。
私は目的地に向かうため、バスに乗った。
2011年3月11日。私は東京の家にいた。机の下に隠れて、ただただ、呆然とテレビを観ているに過ぎなかった。
震災に関して、私は語る言葉を持たない。東京の安全な場所にいた私は、ただテレビの中の被災地を見て、被害がこれ以上出ないようにと、祈るような思いでテレビを観ることしかできなかった。
目的は、「奇跡の一本松」と言われる松だった。メディアでも多く取り上げられ、記憶にある方も多いだろう。
行けば分かると言われ、私はバスを降りた。
降り立ってまず目に入ったのは、見渡す限りの、茶色の土地だった。
瓦礫などは撤去され、整備され、区画に区切られた広大な土地が、地盤を上げるために土を盛られ、かさ上げ工事がされている真っ只中だった。
見渡す限り。
その言葉は、まさに言葉の通りだった。
私が想像していたよりも何倍、何十倍の広さの土地が、ただひたすらに茶色く埋め尽くされていた。
まだ建物もない。人もまばらで、たまにトラックが通るのみの、あまりにも広い土地。
津波が、これほどまでに押し寄せたということ。その現実を突き付けられた。
近くに商店があり、そこで飲み物を買い終わると「一本松」の看板を目指して進む。それまでに何人かとすれ違い、その他には近くをたまにトラックが通りすぎるのみ。
正直なところ、一本松自体の記憶は、それほどない。
それよりも、すこし遠くに海が見えたことが印象的だった。
その帰り道だった。
飲み物を飲みながらバスを待つ。
トラックの音。
無音。
どこかで人の話す声。
無音。
そして、トラックの音。
あれ、おかしい。
初めて私はそう思った。
そう、
音が、しない。
風の音も、虫の音も、人の声も、
耳が痛くなるほどに、
音が、全くしないのだった。
はたと気がついた。
住宅街でもオフィス街でも、建物がある場所には車の音や人の声が反響し、何層もの音が取り巻く。
野原や森の中でも
風になびく草木の音、
虫の音、
鳥の鳴き声、
何層もの音が私を包んでいたのだ。
私たちは複層的な音の世界と共に生きている。そんな当たり前のことに、今まで気付くこともなかった。
ここの音は、単層的だ。
音が、単体で、それぞれ一つしかしない。
近くの音が、一つ。少し遠くの音が、また一つ。
ここには木も草もない。
だから、虫もいない。
鳥もいない。
草木がなければ、風の音すら
私は感じることが出来ない。
以前テレビで、環境保護のために音の測定をしているという番組を見た。同じ景色だが、数年継続して虫たちの「音」を計測していた。その結果、景色は全くと言って良いほど変わらないのに虫たちの声は明らかに減っており、その結果が環境汚染の証明となっていた。
音は、命だ。
生きている限り、私たちは音を発する。
心臓が動き、血が巡る。
虫も鳥も、目に見えない生物でさえ、きっとかすかな音を発しながら、生きている。
採用試験の私の答え。
それは「無音」だった。
あれから5年経ち、復興の礎となったあの土地には、草木が戻ってきているだろうか。
風の音はするだろうか。
またいつか、もう一度行ってみたいと思う。
その場所の音を聴きに。
***
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