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年を取って手に入れたのは、Body&Soulという名の無線機だった。

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:浦部光俊(浜松ライティング・ゼミ)
 
 
ピー、ピー、ガガー
 
電波を発して、ダイヤルをいろいろと調整する。
 
「こちら……」
おっ、なにか聞こえたぞ。この辺からは慎重に。
ダイヤルをゆっくり動かして微調整する。
 
「こちらXXXです。日本の北海道からです。そちらは?」
よし、今度ははっきりと聞こえる。
 
「こちらはYYYといいます。東京からです。よろしくお願いします」
 
子供のころに見たテレビ番組の記憶だろうか、僕のアマチュア無線に対するイメージはこんな感じ。今日は誰とつながれるかな、ドキドキしながら、ダイヤルを調整し、見知らぬ人との偶然の出会いを楽しむ。
 
憧れた。
無限に広がる世界に思いをはせた。
いつか僕も試してみたい、そんなことを思いながらも、結局この年になるまでアマチュア無線を試してみることはなかった。
 
ただ、最近、気づいたことがある。
僕は、すでに僕オリジナルの無線機を手に入れているということに。
自分では全く意識していなかった。
ある日、気づいたら、それは僕の手の中にあったのだ。
 
欲しいと思ったこともなかった。むしろ、そんなものはいらないと思っていたくらいだ。でも、その素晴らしさを知ってしまった今、もう二度と手放せない。これがなくては、もう生きていけない、僕のマストアイテムになったオリジナル無線機、つけた名前は、Body&Soul。
 
ピー、ピー、ガガー。ダイヤルを回して、心の声に耳を澄ます。
「僕の心、なんて言っている?」
「その答え、本当に体もYESって言っている?」 よし、それなら、オッケー。それで行こう。今日も感度良好だ。
 
この無線機の存在に気付いたのは、仕事でのある出来事がきっかけだった。
 
その頃の僕は、経理部の一大作業である決算を終え、一息ついたところだった。
 
突然、呼ばれた部長から指示、それは「今回の決算の問題点と、次回へ向けた改善策」 をレポートしろ。決算の責任部署である経理部として対策を社長報告するということだった。
 
最終的には社長報告されるレポート、手を抜くわけにはいかない。ただこの種のレポートにありがちなのだが、特定の部署や個人を名指しすると、それが返す刀で自部署に返ってくる。
 
だから、誰かを責めつつも、誰も責めてないような、自分たちにもできることはあったかもしれないけれど仕方なかった。だから、次からかんばります的な、なんとも曖昧な表現が求められるのだ。
 
そして、とにかくこれが面倒くさい。いろいろと情報を集め、整理して、自分の考えをまとめて、部長に報告する。すると部長からは、これだと角がたつやら、自分たち経理部が悪いみたいじゃないか、といった指摘が入る。うるさいな、だったら、自分でまとめろよと思いつつも、仕方ないので部長の気に入るようにレポートを修正する。すると、今度は副社長が「これじゃ、責任の所在が不明確」 だと怒られる。いや、僕もそう思ったんですけど、部長が…… などと言えるわけもなく、グッとこらえてさらに修正。
 
もう、当初の自分のレポートの姿など、どこにもない。それでもとにかく形にはした。
残すは社長への報告のみ、と結果を部長から聞いてみると、「結局、社長が忙しくて、報告しなかった。もう興味ないかもな」
 
「ふざけるな」 と言いたくなった時に、ふと気づいた。それほど腹が立ってないことに。自分でも意外なほど、冷静な気持ちだ。
「そうでしたか。分かりました。でも、自分たちの作業を振り返るいい機会になりました。いろいろご意見、ありがとうございました」
嘘でも、虚勢でもなく、自然とそんな言葉が出た。
 
不思議な感覚だった。若い頃の僕だったら、つい言い返してしまったかもしれない。たとえグッとこらえられたとしても、いつまでもブツブツと文句を言っていただろう。「せっかくやったのに。俺の時間を何だと思ってるんだ」 と。
 
今だってそう思わないかといえば、嘘になる。エネルギーも情熱も費やしてまとめたレポート、使われなかったと聞いて悲しくないはずはない。
 
ただ、今の自分は、どこかでわかっている。
 
人に言われて始めた仕事だけど、その過程で、いろいろと発見があった。
事前にコミュニケーションをとっておけば避けられた問題、
自分たちの知識不足が招いた問題、
できることがたくさんあった。
今回、レポートをまとめる過程で自分たちの至らなさに気づかされた。
 
正直言えば、若い時だって、きっと気づいていたはずだ。
やらされた仕事の中で、学ぶべきことがあったことに。
ただ、認めたくなかっただろう。
自分の至らなさを。
日の目をみることのなかった仕事に、自分が価値を感じていることを。それじぁ、まるで自分自身が日の当たらない存在だと認めているみたいだ。
そして、きちんと見て欲しかったんだろう。こんなにちゃんと仕事をしているんだと。
 
そんな時は、思っていることも、行動も、すべてがバラバラだったような気がする。
認めたいけど、認めたくない。
言わなくてもいいのに、黙ってはいられない。
わかったふりなんてしたら、負けだ。
本当は勝ち負けなんて関係ないと知っているのに……
 
今は素直に心の声を聞けているような気がする。
もっと深いところにある本当の自分の声に手が届くようになった気がする。
そんな時、心はとても静か、体に違和感はない。
心と体が一致している。
 
なぜだろう、いろいろな経験を積んで、自分を納得させられるようになったから?
それもあるだろう。でも最近は、思考と思考、思考と行動、その間に一息おけるようになった気がする。バラバラになりかけた心と体を調整する間(ま) があるような気がするのだ。
 
「僕の心、なんて言っている?」
「その答え、本当に体もYESって言っている?」
 
そんな風に質問して、ダイヤルを調整して心と体の声にチューニングする余裕がある。すると、はっきりと聞こえてくる声。それは、今までの自分が聞こえないフリをしてきた声だ。いいものもあれば、悪いものもある。けれど、その両方に平等に耳を傾けると、これがなんだか心地よい。故郷に帰ったような温もりを感じる。見捨てていた自分を家に連れて帰ってあげた、そんな感じかもしれない。
 
それが年を取るということ、折り合いをつけるってことだよ、そんなことを言う人もいるかもしれない。でも、それならそれで構わない。だって、この心地よさ、一度手にしたらもう手放せない。心と体がつながって、本当に安心できる。新しい自分との出会いのようでもあり、古い自分との再会のようでもあり。とにかく自分史上最高の感覚なのだ。
 
ピー、ピー、ガガー。
 
雑音の中、今日も一息ついて、Body&Soulのダイヤルを調整する。すると、そこで出会うのは、またしても最高の自分だ。悪くない、これが歳を取ることなら。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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