道をお尋ねしてもいいですか。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:櫻井麻緒(ライティング・ゼミ平日コース)
ある朝、家を出てすぐの道端で。
紙を両手で持ちながら歩いていたおじいさんが、私の前で立ち止まって尋ねてきた。
「すみません、このお店、どこかわかりますか?」
最寄り駅に向かって一本道をトボトボ歩きながら、進路のことを悩んでいた私は、イヤホンを耳から外して、おじいさんに応えた。
紙を見ると、手書きで簡単な地図が書かれている。
「ここから二つめの信号を左に曲がって、2、3分歩くと右手に見えてきますよ。」
私は身振り手振りで伝える。
おじいさんは、場所がわかるととても嬉しそうに、何度もお礼を言ってくれた。
「初めての土地でわからなくてねえ。とても助かりました。どうもありがとう」
私も笑顔で、応える。
「お役に立ててなによりですよ」
その後も、おじいさんは何度も頭を下げながらにこやかに去っていった。
「……今月は既に三回目だな、人に道を尋ねられるの」
なぜだかわからないが、ここ最近見知らぬ人に頻繁に道を尋ねられるようになっていた。
ご高齢の方だったり、サラリーマンだったり、時には外国人だったり。
さらには、旅行先で尋ねられることもしばしば。
「あのきれいなお姉さんとお話したい。……って、もしかして思われちゃってるのかしら。
あ、メイク変えたから、優しさに満ちた雰囲気だしているのかな」
……なーんて、自惚れも甚だしい考えごと、いわんや妄想をしながら、私は駅に向かって再び歩き出した。
「そういえば、私が道を尋ねることはないなぁ」
歩きながら先ほどの妄想は過ぎ去って、「自分は道を尋ねないこと」を考え始めた。
そう、自分は人に道を尋ねない。
国内でも、あるいは海外に旅行に行っても手元にある地図と自分の土地勘を頼りに、一人でグングンと行く。
ときには地図を一切使わず、自分の勘だけで突き進む。
……それで、幾度か迷子になったものだから、迷惑も甚だしい性格だ。
しかし、どうしても人に聞く気になれなかった。
いざ、初めての土地で道に迷ったとき、私の心の中では多種多様な感情がせめぎあう。
見知らぬ人に聞くという気恥ずかしさ、地図がわからないという自分の不甲斐なさ、そして道を尋ねたらその人の時間をとってしまい、迷惑がかかるのではないか、という恐れ。
ええい、きっとこっちだろ! 間違っていたらその時はその時だ!
……と、勢いに任せ、結局私は一人で突き進む。
この道で合っているだろうか、と少し不安になりながらも、それでも私は頑なに誰かに尋ねようとはしないのだ。
「……無鉄砲なのか、肝っ玉が据わっているのか、あるいは単に後先を考えない大馬鹿者か。それのどれかなんだろうな、自分は」
自己分析をしながら歩いて、駅まであと百メートルほどいうとき、私はふと立ちどまった。
「自分が一人で突き進むのは、街中だけじゃないじゃん。人生だってそうだ……」
いきなり立ちどまったから、道行く人が不思議そうに私を見つめて通り過ぎるものの、私は気にならなかった。
考えごとに没頭していたから。
そう、街中だけじゃない。人生だって、自分一人で歩む道をほとんど決めてきた。
高校受験、学科の専門選択、そして大学院進学。
親にはもちろん、事後報告。
「私、この高校受験するから」
「私、歴史学びたいから、文学部進むね」
「研究者になるから、大学院進むことにした」
……街中の道も、人生の道も一人で突き進んでいた。
そしてちょうど今、進路の道で悩んで「迷子」状態にあっても、一人で紋々と歩む道を探していた。
誰かに相談して「道」を決める、という行為がどうしてもできなかったのだ。
相談したら迷惑なのではないか、自分の道は自分できめるべきだ……。
そうやって思い込んでいた。
だが。
「さっき、おじいさんに道を尋ねられて、私は嬉しかったな……」
そう。嬉しかったのだ。
人に「頼られた」ということが、嫌でも何でもなく、反対に嬉しかった。
何度も「ありがとう」と言い、そして最後にはにこやかな笑みを浮かべていたおじいさん。そんなおじいさんを見て、「お役にたてて何より」と自分もにこやかになっていたのだ。
「人に道を尋ねることは迷惑、だなんて自分の思い込みだ。
尋ねられる側も、役に立てたことで嬉しく感じるんだな」
今思えば当たり前のことだが、気が付いた私は目から鱗状態になった。
私は再び、駅に向かって歩き出す。少し、足取り軽やかに。
人に「道を尋ねること」は、自分の目的地にたどり着くために必要なこと。
それは、街中の「道」だろうが人生の「道」だろうが同じ。
人に「道」を尋ねながら歩むことで、自分の望む目的地への道順が明確にわかる。
そして尋ねられた方も、決して迷惑ではなく、逆に嬉しく思う。
尋ね、尋ねられる。
それは、道を歩むうえで大切だということに、おじいさんが気付かせてくれたのだった。
「よし、一人で道を探すのはやめた! 先輩に相談しーよっと」
駅についた私は、早速、ラインで先輩に相談することにした。
「進路」の道で迷子だった私に、ようやく進むべき道が見え始めたのだった。
***
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