センスとは「続けること」だ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:井上祥邦(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
「限界です。もう辞めさせてください!!」
私の我慢は頂点に達した。相手は当時働いていた会社の社長で、デザインについて容赦ないダメ出しをされ、かろうじて保っていた忍耐という細い糸が切れてしまった。
その会社は本を制作する編集プロダクション。社長は、ヒット作を数多く世に送り出していた敏腕編集者でもあった。社員のことを家族のように大切に扱う反面、感情的な言動も多々あり、すぐに辞めてしまう人も多かった。
私は覚悟をもって、その会社に入社した。当時の私は20代後半だった。書籍と単行本デザインの知見と経験を深めるために、キャリアとして勝負時だと思ったのだ。
デザイン学校で勉強をしていなかったので、キャリアコンプレックスがあった。
学校に通うお金がなかったからだ。実戦で学ぶことしかできない焦りから、厳しい環境で力をつけやすい会社を選んだのだ。
今思うと、「どうして?」と思うことがある。
社長が面接時に「俺が入社前に一人前のデザイナーにしてやる」と豪語したのだ。
編集プロダクションなのに一人前のデザイナー?
しかしキャリアや作品に自信がない私は、その言葉に希望を見出してしまった。
働き始めると、想像以上に厳しい環境だった。
毎日2〜3つの本を同時制作していた。制作する本ごとに社長にデザインを確認してもらい、アドバイスを仰いだ。確かに細部に至るまで指摘することは的確で、容赦ないダメ出しを私に浴びせた。
連日、終電まで働き、徹夜や休日出勤も多かった。
もちろん残業代も休日手当てもない。
収入が下がったので、家賃が安い物件に引っ越した。食事も切り詰めた。
ここで成長する一心で、歯を食いしばって働いた。
しかし連日デザインを否定されて、自分のデザイナーとしてのセンスを疑うようになっていた。
いつまにか社長に怒られないように、小さくまとまったデザインをするようになっていたのだ。
そして決定的な出来事が起きた。
これは売れる! と自信を持ってデザインした本を、容赦なく切り捨てられた。
さらに両手の拳で机を「ドン!」と強く叩き、「なんでこんなデザインしかできないんだ!」と激昂されたのだ。
この強烈な「机叩き」で私の忍耐力は、プチっと切れた。
認めてもらえない悔しい気持ちと敗北感を感じながら、社長に会社を辞めることを伝えたのだ。
今にして思えば、私は怒鳴られて当然のデザイナーだった。
独学で身につけた構成力、色彩感覚、文字間隔、論理力は全て中途半端。
ダメ出しの際に「センス」という言葉がよく出されていて、この言葉の意味をどう捉えるか迷走していた。
社長は、そんな私のことを成長させたいと思って、一生懸命アドバイスしていたのだと思う。怒るという行為はそれなりにエネルギーが必要だからだ。
会社を辞めた私は失意のどん底にいた。実家に戻ろうと思ったが、両親に断られた。
デザイナーも辞めようと思った。
しかしデザイン学校に行ったら何か変わるかもしれないと考え、藁をもすがる思いでデザイン講座を受講することにした。
しかしお金がない私は選べる選択肢がなかった。
たったひとつだけど、運良く人気のあったデザイン講座を受けることができた。
そこから半年間、私は初心に戻って勉強を一からやり直した。
その講座では、尊敬できる先生に巡り会った。
先生は、傷心の私を立ち直らせる言葉をいくつも与えてくれた。
「他人と比べない」
「自分を否定しない」
「完全を求めない」
「一流の意識が一流を育む」
「センスとは続けること」
私は目からウロコの衝撃を受けた。
講座を受講する前は、意味もなく他人の作品と比べて、センスがないと自分を否定していた。できない自分を責めて完全を求めすぎた。
しかし、肩の荷が降りたおかげで、考え方が柔軟になりデザインの面白さを再認識することができたのだ。
あのとき、デザイナーを続けて良かったと心から思う。デザインの本質を教えてくれる先生にも出会えた。ネガティブな考えを改めることができた。そして「センスとは続けること」という言葉のおかげで、自分がやってきたことを肯定できたからだ。
あの会社を辞めて4年の月日が流れた。
私はフリーランスのデザイナーとなった。
その間、デザイン講座を受けた直後に出版社に就職した。水を得た魚のように働き、簡単には担当できない雑誌の装丁デザインも任されるようになっていた。
挫折を経験しても続けることで、デザインの表現力はもちろん、どん底の状況でも手を差し伸べてくれる先生と仲間たち、そして何よりも独立してもやっていける自信が得られた。
フリーランスになってから、逃げ出すように辞めてしまった会社の社長にもあいさつをした。
社長は素っ気ない態度だったが、独立という決断を尊重してくれた。
その会社の方針を知り尽くしているという縁もあり、継続的に仕事も受注できたことは本当にありがたかった。
数ヶ月後、打ち合わせの帰りがけに、社長が壁越しから大きな声で私に言葉をかけてくれた。悪あがきをして、デザイナーを続けていたからこそ聞くことができた最高の褒め言葉だった。
「井上くん、いい本を作ってくれてどうもありがとうな!」
***
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