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カオスな街・香港の カオスなレコードショップ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:いぬじじい伝説(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
ひとり旅が大好きだ。
時間とお金さえ許す限り、あちこちにふらふらと赴いてしまう。
 
旅の醍醐味は数あれど、ローカルのレコードショップめぐりは欠かせない。
品揃え、金額、そして客層にまで、その国らしさが現れていて、実に面白い。
そして、何かしら思いがけない珍盤・探しものが眠っているのだ。
 
世界中、いろいろと訪れてきたけれど、
いままでで最も鮮烈だったレコードショップでの体験を書きたいと思う。
 
その店は香港にあった。
 
渡航まであと1ヶ月。
旅行にあたり、下準備は欠かせない。
ひたすら情報収集をしているうちに、とある店が繰り返し紹介されているのに気がついた。
 
店の名前は、「Vinyl Hero」。
 
香港でも屈指の中古レコードの取り扱い数だそうだ。
添えられた店内写真には、うず高くレコードが積まれている様子が収められている。
そして、ひとりでお店を切り盛りしている店主の人柄も素敵だそうだ。
一方で、どこにも営業時間の記載がない。
唯一見つけた情報は、これだけ。
「店主がいないとお店に入れないことも。必ず事前に電話して、確認してから出かけましょう」
 
危険な匂いがプンプン漂ってくる。
私は、必ず店に足を踏み入れることを決意した。
 
香港滞在3日目。
街の移動にも慣れてきた頃合いで、遂にその店に向かうことにした。
MTR(地下鉄)に乗りこみ、  最寄り駅である深水埗へ。
 
ありとあらゆる問屋が集結している、活気に溢れた下町だ。
 
Googleマップに従い、Vinyl Heroを目指す。
 
訪問前に推奨されていた確認の電話は、無視した。
だって、外国で電話するのって怖くないですか。びびりなもので。
 
そして、初っ端から圧倒された。
 
駅近で、あっという間に着いた、のだが。
……めちゃくちゃ普通のマンションである。
なんだか薄暗いし、ものすごく、入りづらい。
ほんとうにここなのだろうか……
 
そもそも店までたどり着けない疑惑が急浮上した。
 
恐るおそる足を踏み入れ、右手の郵便ポストを見る。
ひとつだけ、ステッカーでバチバチにデコレーションされていたポストがあった。
「Vynil Hero」の文字列を発見。
ビンゴ。
 
私がエントランスでもたもたしている間にも、住民と思しきローカルの方とガンガンすれ違う。
半端ないストレンジャー感。もう帰りたい。びびりなもので。
でも、オタクたるもの、ここで帰るわけにはいかないのだ。
こそこそとエレベーターに乗り込む。
 
フロアに到着すると、見間違いようもない、入り口が目の前に現れた。
固く閉ざされた扉には張り紙が。
「お昼を食べに出ています! 14時ごろ戻る予定です」
ビンゴ……
 
店主は本当にお店にいなかった。
 
「まあ、お昼の12時前後さえ外せば大丈夫だろう」
そう慢心し、13時すぎにやってきた私は、己の甘さを恥じた。
なぜ、日本での常識が、異国の地で通じると思ったのか?
 
できることはただひとつ。
 
出直そう。
 
私は近くで1時間ほどぶらぶらすることにした。
 
美味しいけれど原材料不明な串に舌鼓を打っているうちに、時間は14時30分を回っていた。
 
14時ぴったりではなくバッファもちゃんとみた。
今度こそ! の思いで再びあのマンションへ向かい、今度は階段で駆け上る。
 
扉は相変わらず閉まっていたけれど、張り紙は……
無い!
 
ノックしながら、ゆっくりと重い鉄の扉を開けていくと、男性の声が出迎えてくれた。
「いらっしゃい!」
 
想像を超える光景がそこに広がっていた。
足元から天井近くまで積まれた無数のダンボールが、香港の摩天楼よろしく、みっしりと何列も鎮座している。
そして、店自体かなり狭い。人ひとり通るのにやっとの通路だけだ。
 
店主のポールさん(以下、おっさん)は終始ニコニコしていた。
野球帽に黒いタンクトップ。短パンにギョサン。
本日の「夏のおっさん」賞を授けたいくらい、100%パーフェクトに最高なラフ具合だ。
 
とりあえず、私は微笑むおっさんを傍目に掘り出し物を見つけることにした。
 
いや、困った。
ここ、レコードの並びに規則性がない。
整理整頓された日本のレコードショップに甘やかされたひよっこには、掘り出しの難易度が高い。
 
膨大な量のレコードを前に、指先を真っ黒にしながらバタバタ見繕っていると、
おっさんが色々と話しかけてくれた。
 
「日本のどこから来たの?」
「好きなアーティスト・ジャンルは何?」
 
残念ながら、おっさんが紹介してくれたレコードはすべて持っていたのだが、
珍品探しに手こずっていた私はあることをひらめいた。
 
「さっきも言ったとおり、私、70年代半ばくらいのサウンドが好きなんです。ナウでヤングじゃない、香港の音楽を教えてください!」
 
おっさんは、目を輝かせながら私の問いに応えてくれた。
 
無秩序に積まれた店内のあちこちから、どんどんおっさんがレコードを持ってくる。
おっさんの脳内では完璧に整頓されているようだ。
次から次へと視聴させてくれるレコードは、初めて耳にするものばかりで、どれも抜群にいい。
まさに求めていたものばかりだ。
 
おっさんとの会話はさらに弾んでいく。
 
「ほら、アグネス・チャン! 日本でも活躍していた歌手だよ! 知っているかな?」
 
「1970年代当時、香港では日本の曲のカバーが流行っていてね。そう、山口百恵のカバーだよ!」
 
「この前亡くなった西城秀樹は、ここ香港でもスターだったんだ」
 
おっさんのテンションはどんどん上がっていく。
 
おもむろに再生を始めた次のレコードは。
 
AC/DCだ。
 
もはや香港ですらない。
「一緒に歌おう!」
 
言われるがままに、私はおっさんと「Highway to Hell」をシンガロングした。
 
ひとしきりカラオケタイムを終えたと思ったら、気がつけばおっさんはアルバムを開いていた。
 
若かりし頃のおっさんがナイアガラの滝の前でポーズをとっている。
 
もうどこまでも自由だ。
 
「日本のお客さんは、話しかけると逃げていってしまうことが多くて。会話してくれる人がいて嬉しいよ」
 
「日本が大好きでね、いつもディスクユニオンに行くんだ」
 
見慣れた黒い袋に包まれた、秘蔵のビートルズ日本盤コレクションまで見せてくれた。
 
随分長居してしまったので、そろそろ買うものを決めないと。
 
おっさんおすすめの懐かしの香港ポップスから、悩みに悩んで10枚ほど指差した。
 
おっさんは言った。
 
「あ、これとこれは結構高くてね、買うのはおすすめしないよ。残りで会計するよ」
 
最終トラップ。売ってくれない。
もう、どこまでも自由。
 
名残惜しかったけれど、記念撮影して。
後ろ髪を引かれつつも私は店を後にした。
 
すっかり外は暗くなっていた。
腕時計をちらりとみると、18時近い。3時間近くも話しこんでいたのだった。
急に、私が店にいる間、自分以外のお客が誰もいなかったことが心配になってきた。
経営、大丈夫かなあ……
 
香港という都市から、あなたは何を思い浮かべるだろうか?
 
ひしめくネオンに摩天楼、ありとあらゆるものが「密」。
そんなエネルギーに溢れた街だ。
 
カオスな街、香港のレコードショップは、街と同じくらいにカオスだった。
そして、その国のローカルな音楽を教えてもらう、という新しい楽しみ方も知らせてくれた。
 
みなさんも、ぜひおっさんに会いに行ってほしい。
きっと快く出迎えてくれるはずだ。
もちろん、行く前の鬼電は忘れずに。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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