メディアグランプリ

【本当にできる】この世界を一瞬で変える方法


本当に koike

記事:Ryosuke Koike(ライティング・ラボ)

 

家族が増えたり、仕事の内容が変わったりして、生活環境が劇的に変化し精神的にストレスがかかっていた時期がある。
楽になる方法はないかと、色々と心理学系の本を読んでいるうち、アドラー心理学の入門書に出会った。

その本によれば、人はその人が見たいように見るし、イメージしたいようにイメージするという。目の前の世界は自分の認知次第というようだ。

Facebookで誰かが「いいね」を押すことによって流れてくる記事でも、自分の認知方法で他人が変わるとか、引寄せの法則とか、そういった考え方をいろいろと目にする。

本当にそうだろうか?

どうやら本当のようである。

道端で気付いてしまったことがある。
最近ではライティング・ラボのネタ探しもあって、通勤途中など行き交う人々を気にかけて歩くことが多くなった。しかし、以前、建物に関する仕事をしていたときは、両脇の建築物に目を向けていたし、電線や電柱に関係する仕事があったときは、そんなに意識せずとも空を見上げていて、他のことには気にもとめなかった。
歩いている最中、他にも色々な情報に触れているにもかかわらず、である。

このように、視点次第で自分が認知する世界は大きく変わってしまう。
そうはいっても、いついかなるときも思い通りに視点――フォーカスを変えられるわけではない。
例えば、クレームはありがたいと説く本を見かけるが、実際にそのような状況に遭遇したとき、凡人にはそのような感謝の境地まではなかなかいけないと思う。
仕事・プライベート問わず何らかの理由で嫌いになってしまった人は、やっぱり苦手なままである。
いつまでたっても泣き止まないわが子にも、イライラは募っていくばかりである。

しかし、発見してしまったのだ。

意志や感情と無関係に、認知する世界を一瞬にして変える方法を。

この方法は、ほとんどの人が行うことが可能と思う。ただし、人によって変えられる度合いが違うのと、条件によってできない人もいることはご容赦願いたい。

準備はいいだろうか。
とは言っても、準備するものは全く何もない。

夕方、仕事帰りにでも人通りの多い繁華街を歩くとする。
やることはたった一つだけ。

 

眼鏡をとること。
その瞬間、世界が変わる。

 

強度近視の私は、裸眼では対象物に10センチまで近づかないと、はっきり見ることができない。
そんな人が街中で眼鏡をはずすとどうなるか。

 

まず、この世から文字が消える。
看板や標識の文字を認識することができない。
遠くのものも認識できないが、歩きスマホすら危険すぎてできない。
これで文字を発端とする思考のルートが消えてしまう。歩いている最中、いい意味で頭を空っぽにすることができる。

次に、この世から人が消える。
かろうじて男女の区別はつくが、表情は全くわからない。
自分の周りを人の形をした何かがうごめいているようで、世界で1人になった気分になる。
家でも仕事でも四六時中1人になる時間がないと嘆いている人はやってみるといい。すれ違う人の視線すら気にならない。

最後に、文字や人が消える代わりにあたり一面花火があがる。
自動車のヘッドライトもテールランプも、信号機も、街灯も、ビルの明かりも光を発するものは全てファジーな形になり、そこらじゅうで打ち上げ花火のような丸い模様がみえる。
並木通りを歩いていると、木々で明かりが途切れ途切れになったり、自動車が行ったり来たりするので、花火があがって開いては消えていくように咲き乱れる。
幻想的な風景を手軽に楽しむことができる。

なんだそんなことかと思うかもしれない。

しかし、人間の知覚情報の9割は視覚である。
人間の感情、思考は結局のところ、現象を知覚したとき、人生におけるこれまでの体験や記憶に照らして、無意識のうちに生み出されるという。
それならば情報を知覚する方法を操作することで、いつもの日常にある世界への認識も変えることができるのではないか。

そして、何より重要なのは、認知の方法、フォーカスは変えられるということを体験することである。

自分の性格だから。
自分の癖だから。
自分の考え方だから。
三つ子の魂百までということわざもあるし、人間二十歳を過ぎると、肉体も精神も柔軟性がなくなってくる。

しかしそれは思い込みに過ぎない。
禅の考え方で「可もなく不可もなし」というのがある。普通、「良くも悪くもない」という意味で使われがちだが、本当は、「その人において、これはできて、これはできない、という区分はない」というものである。
自分で自分のボーダーラインを引いているのであって、本当のところは、可能性は無限大なのである。

自分は変わることができるということ実感できる。
眼鏡をとるだけでできるのだから、考え方のフォーカスをずらすことぐらい朝飯前と思えばしめたものである。

この方法にはデメリットもある。ぼんやりした世界を30分以上歩くと頭が疲れてくる。注意しないと通行人と肩がぶつかってしまうし、犬のふんを何の遠慮もなく踏みつぶしてしまうことも考えられる。

けれども、
ネガティブな現状認識から、楽になりたいなら。
自分を変えるきっかけが欲しいなら。
新しい世界に踏み出すことに不安で躊躇しているなら。

 

まず眼鏡というフィルターをはずせば、世界は変わる。

もし、天神の交差点で眼鏡をかけていない私に話しかけて無視されても、気にしないでほしい。
何しろ、全く見えていないので。

 

***
この記事は、ライティングラボにご参加いただいたお客様に書いていただいております。
ライティング・ラボのメンバーになり直近のイベントに参加していただくか、年間パスポートをお持ちであれば、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

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2015-10-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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