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「恥ずかしいごはん」に手を出すな!


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記事:晏藤滉子(7月開講ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「やっぱり、これだ・・・・・・」
熱々のごはんに、バターと醤油。そこに黒コショウをガリガリひいて・・・・・・
 
ひとりで「恥ずかしいごはん」を頬張る時、私はいつも心の深いところで安堵する。仕事の緊張が解かれた安心感と、安定の美味しさでつい口元が緩んでしまう。
 
「恥ずかしいごはん」とは、文字通り人に見られたくない恥ずかしいごはん。
どこからが恥ずかしいのか、恥ずかしくないのか・・・・・・、それは人それぞれの基準に委ねられるものだ。
 
少なくともおしゃれな女子会や、付き合い始めのデートでは決して明かせない秘密のごはん。ましてや「今度ご一緒に」などとは口が裂けてもいえない。
 
熱いご飯に鰹節と醤油をちょっと垂らして
玉子かけごはんにラー油と味の素
ホワイトグラタンにウスターソース 等々
 
「良い子はマネをしないで」といわれる類のモノもあるだろう。
 
お行儀として悪いかもしれないが、自分流の「恥ずかしいごはん」を心と身体が欲する時は確かにある。「これでなくてはいけない!」と思わせる何かを持っているようだ。
 
仕事で上司に叱られた
社交辞令ばかりの宴会に疲れた
背伸びしたお店のデートで気疲れした
 
そんな夜には、心と身体が求めるように「恥ずかしいごはん」を食べたくなる。
 
ダルンとした部屋着に着替えて、メイクも落として、
栄養のバランスとかダイエットなんてゴミ箱に放り込んで・・・・・・。
 
ガッツリと「恥ずかしいごはん」を無心に堪能する。これは陶酔に近いかもしれない。
 
「恥ずかしいご飯」とは本能に近いレベルで人を魅了するものだ。
何故なら「素の自分」が自分の為にだけ提供する「特別なごはん」であるから。
それを堪能する時間こそ、圧倒的な自由をもたらしてくれるのだ。
 
自分だけの楽しみは乾いた心を潤してくれるものだ。
 
美味しいと評判のディナーも良いけれど、
丁寧に作った手料理も良いけれど、
時として、自分だけの「恥ずかしいごはん」でなくちゃいけない時もある。
 
何故なら「恥ずかしいごはん」は子供の頃の記憶と紐づけされていることが実に多いから。大人になって味の嗜好や環境の変化があっても、基本子供の頃に刷り込まれた記憶は消えるものではない。ある意味「思い出ごはん」なのかもしれない。
 
忙しいお母さんの「駆け込みメニュー」だった
子供の頃の一人ご飯の定番だった
弟や妹にせがまれて作ってあげた
 
人それぞれの物語があり、懐かしさを感じたり、人によっては胸がキュンとなることだってあるかもしれない。反対に思い出すのも嫌という人だっているかもしれない。でも、各々の記憶には確実に味の記憶は刷り込まれているものだ。
 
私の「恥ずかしいごはん」の記憶は幼稚園の頃だと思う。
父はとても封建的で厳しい人だったので、家族旅行とか外食とは無縁だった。ただ母が料理上手だったせいか食事に不満を感じた事は全くなかった。
父はよく晩酌しながら「食」や「器」の拘りを語っていた。よく母の料理の出し方、味付けなど細かく指示していたことを記憶している。
 
ある時、母と兄は、学校行事なのか朝から外出していた。
当日は私自身も「お遊戯会」があり、兄妹のダブルブッキングだ。私の世話は父に託されたようだった。お遊戯会は午後から・・・・・・でもお腹が空いてきた。でも、私は父が怖すぎてとても言えなかった。暫くすると父から台所に呼ばれた。
 
「お昼ごはんだ」
 
食卓の上には、ご飯が盛られ、醤油らしきものが掛けてある。それとお箸のみだ。
 
「幼稚園に行くから急ぎなさい」
 
早速父は、美味しそうにワシワシ頬張っていた。私は恐る恐る正体不明のごはんを食べてみた。醤油とごはんの味しかしない。でも何だか舌に馴染む味だ・・・・・・親子は会話もせず黙々と食べ続けた。
 
その後、帰宅した母に聞かれた。
「お父さんとは何食べたの?」
「普通のごはん」
それは嘘ではないが、何故だか正直に言ってはいけないような気がしたのだ。
 
あれだけ「食」に拘って、母の料理にダメ出しする父が「醤油かけごはん」を美味しそうに頬張るなんて・・・・・・子供ながらに見てはいけないものを見てしまった、そんな気がしたのだ。
 
今でも「恥ずかしいご飯」を食べる時、その光景を思い出すことがある。
 
確かめる術はないが「醤油かけごはん」は、父にとっての「恥ずかしいごはん」だったのだろう。私はあの時「素の父」を垣間見ることができたのだ。
 
以前の私は「恥ずかしいごはん」を笑って食べられるような人間関係を築くことが理想と思っていた。確かにそれは「素の自分の象徴」でもあるのだから、「素の顔」を出し合い受け入れられる、それが理想なのかもしれない。
 
そうは思っていたし、確かに理想に違いはないのだが、「恥ずかしいごはん」を開示してしまうことは、正直勿体ないと思う自分もいるのだ。素の顔を開示することは、他の事でも出来るもの。でも「恥ずかしいごはん」はトップシークレット。ベールに包まれた秘密のオアシスは、やはり一人のお楽しみとして守っていきたい。背徳の楽しみはとっておきの「隠し味」なのだ。
 
《終わり》
 
 
 
***
 
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2020-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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