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10年来のマイベスト料理店の閉店を前に思うこと。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:みつしまひかる(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「9/20をもちまして、OOO(店名)は閉店となります。長らくありがとうございました。皆様のおかげで10年。感謝の気持ちでいっぱいです。店主」
お気に入りの店に1か月ぶりに行くと、看板にはこう書かれていた。
 
「ウソやろ……」
完全に油断していた僕はしばらく看板の前で呆然としてしまった。
閉店自体がショックだ。しかも、あと8日で閉まってしまうのだ。
先週来たときは閉まっており、看板には何も書かれていなかった。それなのに。
 
この店は、JR茨木駅のすぐそばにある。
僕が2009年に今の会社に入って、2年目にはこの店を利用していた。
「皆様のおかげで10年」となると2010年開店。
つまり、僕は開店以来の客だったのだ。それが10年経ってこんな形で判明してしまった。
 
この店はビストロ炭焼き専門店で、シェフは本格フレンチの経験を持つ。
16名も入ると身動きが取れなくなるような、こじんまりとした店なのだが、出てくる料理がとてもおしゃれで、周りの居酒屋や定食屋とは一線を画していた。メニューには、香ばしい匂いをさせた「播州百日鶏」のこだわりの焼き鳥6種、鮮魚カルパッチョ、三田ポーク肩ロースの厚切り炭焼きステーキ、近江牛極上ハンバーグステーキなど、梅田の料理店じゃないと見ないようなメニューがずらりとあり、それを梅田でも食べられないクオリティで提供してくれるのだ。
言い方は悪いが、なんでこんなところに出店したんだろう? と思っていた。
本当に恵まれている日々だった……いや、残りごくわずかだが、今も。
 
さて我に返って店に入ることにした。ここは半分地下のようになっており、階段を下りて入店した。
時刻は13時過ぎ、中には4名客が2組、テーブルで食事中、カウンターには2名1組が座っていた。
シェフも、接客の女性も、雰囲気はいつもどおりだ。
今まで頼んだことのない、「近江牛極上ハンバーグステーキ」を注文した。
期待に胸が高まる。と同時に、これまでこの店に来たことを思い出した。
 
ランチで来るときは1人で、ディナーの時は3人以上の飲み会だった。
 
前回飲み会で来たときは、僕の送別会だった。
2017年の7月から2019年の12月まで所属した部署だった。研究職として、困難にぶち当たりつつ試行錯誤していた。そんな折、企画部で欠員が2名出てしまい、その穴埋めとして、研究のことがわかり、なおかつ未経験でも企画部でやっていけそうな人として、僕に異動が打診された。
僕は実験が好きだから、研究職には未練があった。でも一方でビジネス開発に携わり、世の中に関わりたいとも思っていた。少し迷ったあと、その話を受け、僕は異動することになった。
 
この店はビールにも特色があり、ベルギービールを多数扱っている。
あの送別会の夜はヒューガルデンやヴェデットも、フルーツビールのリーフマンスも飲んだな・・・
 
待っている間にそんなことも思い出していた。
 
料理がやってきた。プレートの半分に黒光りしたハンバーグステーキが乗っかっている。
重厚感があって何よりだ。香ばしい匂い。オーブンで焼いただけじゃなく、炭火で炙ったりしてるんじゃなかろうか。
箸を入れると思ったより柔らかくほぐれる。
一塊を口に入れてかみしめると肉汁が舌に広がる!
んん、しかもすべてがミンチ肉ではない、1センチ角にも満たないブロック肉が入っている。
これが食感にもアクセントをくれる。
旨いなあ……
 
そういえばその前の飲み会では、新しく異動してきた同期を迎えて10人くらいで食べたな。
その前はアメリカ研究所からの出張者の対応で、僕がこの店を推薦したんだった。
さらにその前は、僕は宮城県で働いていて、出張でこちらに来た時にここで食べたんだったなあ。
そのさらに前は、僕はアメリカに駐在してて、出張で来た時にここをリクエストしたんだっけ・・・
 
10年間はとても長い。僕の社会人生活のほとんどを占めている。
やっぱり働いていると、しんどいことも、イヤなことも多い。
そのたびに踏ん張ってきたけれど、その力をくれたマイベスト料理店だった。
 
コロナ禍になり、当然世の飲食店は客が来なくなり厳しくなった。
この店も、当初はしばらく閉めており、再開してからも自分が感染するリスクを恐れ、来る機会は途絶えていた。
そのうちに心配になって前を通ると、看板にお弁当始めました、と書いてあり、在宅中、週に1階はお弁当を買いに来ていた。僕の家からはこの店まで自転車で10分かからず来れるアクセスの良さである。
 
しかしまたコロナが落ち着くと、部長からは出社を頼まれるようになり、平日の徒歩でのランチの行き帰は時間的に厳しく、また土日は時間があるものの、店がおしゃれなところも相まって、どうせ来るならちょっとしたごほうびの時にしたいと足が遠のいていた。
 
この店はその中でも戦っていたのだ。
もっと来るべきだったのに。
いや僕が週に1、2回来たところで焼け石に水だったはず……
そんな思いが頭を巡る。
 
それでも、閉店してしまう前に、来ることができたのだ。
間に合ったことを喜びたい。美味しい料理をしっかり味わいたい。
 
ハンバーグは、とても旨かった。
支払いを済まると、シェフも受付の女性も、いつもどおり、ありがとうございました、と言うだけだった。
看板に9/20で閉店って書いてるの見ました、ショックです、と僕が告げると、そうなんですよ……、とだけ返ってきた。
またきっと来ます、おいしかったですよ、と伝えて店のドアを開け、振り返りながら会釈をして、階段を上った。
 
10年間はとても長い。
その10年間が終わろうとしている。
 
明日を含めてあと7日間。幸い、明日は日曜日だ。
僕は決心して店を後にした。
明日は、全部乗せプレートにしよう。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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