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メディアグランプリ

好奇心は猫を殺すが人を助けることもある


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記事:ゆーすけ(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
空港行きのバスを、僕は待合室で待っていた。その日は仕事で地方にある取引先の工場を訪問して用事を済ませた後で、その日のうちに飛行機で東京へ帰る予定になっていた。工場の最寄り駅から電車に乗って空港行きのバスが出る駅まで行き、バスの停留所に辿り着いたが、運悪く前のバスは出発した後のようだった。今の時刻は午後二時過ぎ。僕が事前に印刷してきた時刻表を取り出して、次のバスを確認すると、午後三時発となっている。どうやら一時間近く待たなければならないようだ。その日は八月半ばの暑い日で、屋外にある停留所で待つのはとてもじゃないけど耐えられない。幸いにも、そこから少し離れたところに待合室があったので僕はその中で待つことにした。
その待合室の外観は古かったが、内装は最近リノベーションしたようで、清潔感があった。背もたれ付きのベンチが向かい合わせで置いてあり、中は空調が効いていてとても心地よかった。僕は自販機で缶コーヒーを買い、ベンチに腰掛けてそれを飲みながら、スマホで仕事のメールをチェックした。しかしこういう手持ち無沙汰な時に限って、取り立てて対応しなければならない要件はないようだ。僕はスマホをしまい、かばんから読みかけの文庫本を取り出して、それを読み始めた。
 
しばらくして待合室に一人の老人が入ってきた。老人は待合室のドアを開けて、僕の方をちらっと見ると、ゆっくりした足取りで、僕の向かいのベンチに腰掛け、手に持っていたボストンバッグを隣の席にどさっと置いた。
僕は文庫本から目を離して、こっそり老人の様子をうかがった。老人は少しよれた灰色のTシャツを着て、ブルージーンズを履いている。白髪をオールバックにしていて、顔は彫が深い。しばらく様子を覗っていたのだが、老人もちらっと僕の方を見たので、一瞬、目が合ってしまった。僕は慌てて文庫本に目を戻し、本を読み続けているふりをした。
 
それきり僕と老人との間には干渉はなく、僕はひたすら文庫本を読み続けた。老人は座ったまま腕を組んで目を閉じている。時間は静かに、ゆっくりと流れていった。
 
それからしばらくして「あっ!」と、老人が鋭い声を発した。僕はその声に驚いて老人の方を見た。老人は何かを思い出したかのように、ジーンズの尻ポケットを探って、中から小さく折りたたんだ紙片を取り出し、広げてそれを見た。そして急いでベンチから立ち上がり、ボストンバッグをつかみ取ると、慌ただしく待合室を出ていった。老人はよっぽど急いでいたようで、しまいそびれた紙片がそのままベンチの上に取り残されていた。
 
また待合室は静かになったが、僕は老人の落とした紙片が気になってしょうがなかった。あの紙には何が書かれているのだろう? どうして老人は慌てて出ていったのだろう? そんなに影響力のある何かが書かれているのか? 僕は文庫本の文字を目で追っていたが内容は全く頭に入ってこなかった。
少し迷ったが、僕は待合室のドアを開けて外をうかがい、老人が帰ってくる気配がないことを確認すると、忍び足で老人が座っていたベンチに近づき、その紙片を拾い上げた。
その紙片はA4サイズの大きさの紙で、四つ折りにされていた。ずっとポケットに入っていたからなのか、少ししわになっていた。僕はその紙を広げて、書かれていることを確認した。はっとした。そして、腕時計に目をやった。午後二時二十九分。急いで荷物を手に取り、外に飛び出した。
空港行きのバスはもう停留場に着いていて、僕はそのバスに飛び乗った。中にはさっきの老人がいた。僕が乗った瞬間、老人はまたちらっと僕の方を見た。それと同時に、そのバスは発車した。どうやら僕は運が良かったらしい。
 
老人が落としたその紙は、バスの時刻表だった。しかし、僕が持っていたものとはバージョンが異なっていた。つい先日、ダイヤ改正があったらしく老人が落としたものがその改正が反映された最新のもので、僕はどうやら、一つ前のダイヤの時刻表を印刷してしまったようだった。ダイヤ改正によって、午後三時発のバスは二時半発に変更になっていた。
ここからは僕の想像だが、老人も、バスが午後三時発だと思っていたのだろう。きっと何回か同じ時間にバスに乗ったことがあるに違いない。そして時刻表が変わったことを思い出し、時刻表を確認して、急いで出ていったのだろう。
老人が時刻表を落としてくれて助かった。それがなければ、僕はバスに乗り遅れてしまっていただろう。そのバスは一時間に一本しか来ないから、確実に予定していた飛行機には乗り遅れていたに違いない。
そして、老人が落とした紙が何かを確かめる好奇心があって本当によかった。「好奇心は猫を殺す」という、イギリスのことわざがあるが、どうやら、人を助けることもあるらしい。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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