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メディアグランプリ

罪と罰、そして物


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:一柳亮太(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「自分が入るのは絶対に嫌だ。けれど一度ぐらいは中を見てみたい」という場所があります。罪を犯した人が罰を受けるために入る場所、刑務所です。私も中を見た経験はありません。しかしある時、偶然にも中の様子を想像できる光景に遭遇したのです。
 
とある場所をたまたま通りかかった時。駐車場の向こうで、塀の扉が開いて作業着の3人組が何かを運び出す様子が見えました。横には制服姿の2人組が立っているものの、見守るだけ。運び終えると、急き立てるように3人組は中へ入れられ、頑丈そうな扉が閉じられました。そこは刑務所で、3人と2人は囚人と刑務官でした。
 
荷物の量は少なく、3人を働かせるために監視を2人立てるぐらいなら、刑務官が運べば話が早いのでは。そう考えたものの、そもそも刑務所とは、罪人を収容して働かせる場所。働かせるためなら効率を考えてはいけない、世の中とはちょっとズレがある空間なのでした。
 
実際に刑務所の中を見る機会はなかなかありませんが、誰でも簡単に刑務所を垣間見る方法があります。「刑務作業製品」という、囚人が刑務所の中で作った物を買えば良いのです。刑務作業製品、意外にもネットで販売され、誰でも買えます。刑務所の中は案外身近に手に入れられるのです。
 
私が最初に買った物は仕事で履く革靴でした。千葉刑務所で作られた靴は、丈夫で手作りなのに安価で、得した気分になりました。サイトの説明に、こんな一文がありました。「千葉刑務所は、熟練した受刑者が多く、技能は極めて高く……」熟練とは長年靴を作っている、つまりは重い罪を背負った人が作っているのでしょう。得した気分とともに、神妙な気持ちが押し寄せてきました。こんな心境は、他の靴では味わえません。なお、製品の売り上げは犯罪被害者支援に活用されるそうです。
 
さて年に一度、東京の北の丸公園にある科学技術館で、刑務作業製品の展示即売会が行われると聞き、足を運びました。中はデパートの物産展のような雰囲気ですが、何かがちょっとズレています。並ぶ製品を見ていて気づきました。同じような物が多いのです。ふつうの物産展なら商品が極力重ならないように、また出展者自体も違うジャンルから集めるのですが、ここではそんな配慮はありません。ブースを見みると、半分は木工品を扱っていて、それもめったに買わないタンスやスノコといった大型のものばかり。
 
「これは外した」と私は思ったのです。刑務所で囚人が作っている物、という面白さに引き寄せられて来たけれど、買う物がない。「まあ靴は買っても良いかな」と思って見ると、確かに並ぶ数は多いけれど、ほとんどが野暮ったいデザインばかり。全体のイベントも今ひとつで、恐らくお役所仕事で毎年変わらない内容で開催しているのでしょう。結局、以前の靴とほぼ同じ物だけを買って帰ったのでした。
 
刑務所の製品というものは、やはり好奇心が湧くようで、翌年「去年話してた刑務所の即売会、面白そうだから連れて行ってよ」と友人に頼まれたのです。内心は退屈さを思い出して気が進まないものの、もう一度ぐらい良いかな、と再び会場へ向かったのでした。しかしこの時が、毎年つい行ってしまう楽しさの始まりだったのです。
 
会場に着くと、今回も製品の野暮ったさや、同じものばかりというラインナップは変わりません。しかし、工芸品に詳しい友人は「これ手が込んでるね」「丁寧に縫ってある。今時ここまではやらない」などと教えてくれます。友人の話がきっかけで、刑務所製品の奥深さが見えて来た私は、去年よりもじっくりとブースを見始めました。
 
ある刑務所のブースで、いかつい売り子さんに話しかけられました。「うちのカバンはね、とにかく丁寧に作るように社員さんに教えてるんですよ。うちの工場は給料払わないで良いから、その分丁寧に手間暇かけられるからね。まあそれが世のため社会のためって社員さんにも伝えてますから」
 
売り子さんは、実際に刑務所で働く刑務官のようで、囚人を「社員さん」と冗談めかして呼びつつ、「良い製品を作らせることが、罪をつぐない、社会復帰につながる」と、刑務官として確信を持って仕事をされている様子が伝わってきました。もっと話を聞きたいと思った瞬間、会話が遮られたのです
 
「あ、今○○(刑務所の名前)なの、何年目?」背後から、やはりいかつい男が売り子さんへ懐かしそうに話しかけてきました。男も刑務官らしく、即売会で以前の同僚を見かけた様子です。各地を異動する刑務官にとっては、この即売会は同窓会のように、刑務所で働く刑務官にとって貴重な再会の場であったり、情報交換を行うタイミングなのでしょう。
 
売り子さんの話を聞き、再開を喜ぶ刑務官の様子を見てしまうと、私にとってこの即売会は単に刑務所で作られた安い物を売る場ではなくなってしまいました。並ぶ製品に、罪と罰をめぐる人間ドラマが隠されているのです。一つ一つの物がとても愛おしく、大切に見えてきました。
 
結局、この時は旭川刑務所の木製バインダーと、岡山刑務所のブックエンドをお買い上げ。木製バインダーは、今時百均で売っているものが1,500円もしました。しかし木の板はカチカチで歪まず、上のクリップも頑丈で、投げつけてもちょっと壊れそうにありません。ブックエンドは逆に安く、たった150円なのに恐ろしく丈夫で、今も職場の机の上で重たい本をがっちり支えてくれています。どちらも一般社会の製品と比べて値段やクオリティがちぐはぐで、刑務所ならではの「ズレ」を感じるのですが、もはやそのズレすら刑務所の中が見えるようで、楽しめるのです。
 
いかがでしょう? こんなにも刑務所の中が見える物たち、それらが並ぶ即売会。ぜひ今年も行こう、と思っていたのですが、残念ながら新型コロナウイルスの影響で中止でした。代わりにネット販売をしていますが、やはりあの独特な即売会の雰囲気を味わいたいのです。来年こそは、と期待しつつ、最近もう一つ刑務所の中が見える場を知りました。
 
埼玉の川越と、北海道の函館にある刑務所では、囚人に理容の技術を学ばせるため、刑務所の中に理容室があるのです。なんとこの理容室、誰でも使えて、実際に囚人の人たちが客の髪を切り、髭を剃り、頭を洗ってくれるとのこと。一般人が最も刑務所の中へ近づける場ではないでしょうか。受付が平日昼間だけと、やや高いハードルがありますが、川越へ用事で行ったついでに、あるいは北海道旅行の記念に、私の好奇心はいつかもっと刑務所の中を見られる機会を心待ちにしているのです。
 
 
 
 
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2020-09-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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