会いたい人
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:木村綾子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ドン! ドン! はい、次の方どうぞ」
優しく微笑みながら呼ぶガラス越しの女性へ向かい
私は自分のパスポートを差し出した。
彼女は慣れた手つきで美しくページをめくり、大きな赤い朱肉にリズムを加え印を押していく。
やっと、やっとこの日がやって来た。
やっと、やっとあなたに会えますね。
私は心の中で何度もそっと繰り返す。
そんな私の心中を察してか、女性は笑窪を二つ両頬に乗せて
「行ってらっしゃい、とても楽しみですね」とパスポートをガラスの下からそっと押し返してよこし、微笑んだ。
「ありがとうございます」
汗ばんだ手でパスポートを受け取り私も微笑みを返した。
季節はもう春、
浮き足立った心を落ち着かせながら電車が来るのを待つ。
並んでいる長い列のみんなは、私のようにどこか幸せそうで、どこかソワソワとしていた。
行列はそれぞれに手荷物を持ち時に肩をぶつかり合う事もあったが
それは、春に桜が満開になり花びら同士が風に揺られて触れ合うような光景と同じだった。
やっと電車が到着し
私は自分のパスポートに挟んである切符に書かれた番号のシートを探し腰を下ろした。
4人がけがシートはちょうど二人づつ向かい合って座るようになっており
私の席は右側の窓の方だった。
荷物を網棚に乗せたが、やっと会えるあなたへのお土産は膝の上に置くことに決めた。
順序よく並んでいた多くの人々も番号を確かめながら徐々に座り始める。
「こんにちは」
「こんにちは」
「失礼します、こんにちは」
「棚に荷物をあげますね、すみません、ありがとうございます」
4人のシートはすぐに埋められ、女性も男性も腰を落ち着かせた頃
小さく開いた車窓から暖かい風が入り込み、汽車は汽笛を鳴らしゆっくりと走り出す。
心地よい、本当に心地よい春の日。
「誰にお会いに行かれますか?」
私の迎えに座った自分より少し若いと感じられる女性が、待っていましたとばかりに先陣を切り隣の老人に尋ねた。
彼女の隣に座った体を少し前のめりに座っている老人が懐かしむように答える。
「15年前に事故で先に行ってしまった妻にです」
私の隣に座った白いシャツを着た男性が優しく、ゆっくりと答えた。
「そうですか、それは大変楽しみですね。15年間とても長かったでしょうに、ご苦労様です」
同時に彼が続けた
「私は、55歳の時に30歳の若さで病で先に行きました娘に会いに行きます」
迎えの女性がまた
「なんと、また長いお時間を耐えられたのですね、会えるのが楽しみでなりませんね」
「はい、妻は2年前に先に行っているので、私は娘と妻に会えるんです! お宅様は?」
「私は48年も待ちました。私が22歳の時に肺炎で先に行った2歳の息子が待っています」
皆が安堵と喜びに満ちているようだった。それはとても大切なものを抱えて歩く妊婦にそっと手を添えるように、お互いの一言一言に深い労りを感じた話し方であった。
長かったですね
やっと会えますね
どれだけ楽しみだったか、待つ事がどんなに長い時間で、反対にどんなに世間の時間は早かったか
時にお茶を分かち合いながら、時に思い出の品を見せ合いながら会話は続いた。
お宅様は? 前の女性はゆっくりと私に尋ねた。
私は一瞬車窓から入り込んだ桜の花弁に気を取られながらも
「私はようやく、地震で先に逝ってしまった母に会えます、お別れは言えないままでしたので、ずっと悔やみ生きてきました。あの時もっと電話で話せば良かった、あの日職場から迎えに行けば良かったと……最後の朝に朝食をちゃんと食べれば良かった……小さなもっとに苦しみました。でもあの時のことは仕方がない、仕方がないのだと、こうやって会える日が来て漸く思えます。
もういいのです、だってもう会えるのだからもういいんです」
と答えた。
皆が言った。
会えるから、もう全て良しとしましょうよ。
これからようやく会えますもんね。
きっと全てを許して待っていてくれている、そうでしょう。
桜の花弁は次々と入り込み、ゆっくりと車内を満たしていった。
わたしの膝に置いた母へのお土産。
母へ見せたかったものは私が精一杯温めてきた、わたしの人生のかけら達。
夫が必死に選んで結婚の申し出をしてくれた時の小さな指輪。
息子が書いてくれた私の似顔絵は、瞼にいつも居た母にあまりにも似ている。
まだ幼かった娘に母の話をした時、仏壇にはおばあちゃんへと手紙が添えられていた。
どれも母と一緒に分かち合いたかった人生のかけら達。
それぞれが会いたい人にようやく会える。
窓からとても懐かしい匂いがしてくる、それぞれが持つ
会いたい人の匂いに心をくすぐられている。
母の匂い、小さな頃海水浴場でおんぶしてくれた時いつも母が使っていた日焼け止めの香り、寒い冬に小学校から帰ると柔らかい腿に私の手を挟んであたたかいでしょうと笑い合った時の香り。
やっと会える日が来たと皆が笑い出した。
汽車はもうすぐ、それぞれが思い続けた会いたい人が待つ場所へと到着する。
***
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