人は旅に出たがる
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:片山 恵太(ライティングゼミ日曜コース)
「コロナでどこにも行けないね」
スカイプの画面上には口をへの字に曲げた友人の顔が映る。
「外出できるようになったらどこ行きたい?」
私は友人に聞いてみた。
「うーんどこでもいいけど島がいいかな」
「なんで島がいいの?」
私は飲んでいた缶ビールの残量が残り少ないことを確認しながら尋ねた。
「だってお手軽じゃない?」
「そうかな、結構大変だと思うけど。船とか乗らないとだし、天気とか影響するし」
私は乗り物があまり得意じゃない。
「まあそういう意味では大変かもしれないけど、島って日常から手軽に離れられるじゃん? 明らかに都会とは違う空間だし」
友人はほら簡単でしょ? といった口調で答えた。私の持っていたビールの缶がちょうど空になっていた。友人から島の話を聞いて、私は記憶の片隅にあるおじいちゃんの姿を思い浮かべた。
「みっちゃんのこと覚えてる?」
数年前の話だが、スカイプをしていた友人と瀬戸内海に浮かぶ島に遊びに行ったことがある。
我々はそこでみっちゃんと出くわした。みっちゃんは島でガソリンスタンドを経営する傍ら、レンタカー屋をしているおじいちゃんである。少しお節介なところがみっちゃんの良いところでたまに傷である。
「こんなやつおらへんで」
みっちゃんは口を尖らせて言った。みっちゃんの口癖でもある。
「だって何もないから退屈だったんだもん」
友人が言い訳をする子どものように言った。
「それにしても、いい大人が木の棒持ってうろついてたら変なやつらだと思うで。思わず声かけたがな」
「そうだよね、変な人たちだよね」
私たちは声をあげて笑った。恥ずかしい分だけ面白かった。みっちゃんのシワだらけの表情は読み取りづらかったが、その瞳の奥には確かな抱擁が感じられた。
我々はみっちゃんに案内された待合室のソファーに腰を下ろした。
「あれは何をしてたんだ? 木の棒を持って、店の前うろちょろして」
「2人で1本の棒を持って縦に並ぶの。後ろの人が目をつぶって先頭の人が木の棒で先導して進む遊び。後ろの人が先頭の人を信頼してたら怖くないでしょ?」
私たちは初めてきた島で自分たちの考えた遊びをみっちゃんに説明した。
「それは楽しんけ?」
みっちゃんが怪訝そうに尋ねた。
「思った以上に楽しかったよね。怖くて足がちっとも前に進まないの。それでお互いの距離がギクシャクしちゃってもっと怖くなるんだよね」
私はみっちゃんが持ってきてくれた缶ジュースを開けながら言った。
「なんだそりゃ。ちなみにこれから何すんだ?」
「全然決めてない。さっき島に着いて、宿にチェックインしてそのままこっちの方まで散歩してきたから」
「それなら、ちょっと地図やるわ。車も貸してやるから自由に使え。あと自転車も貸してやるわ」
みっちゃんはさもそうするのが当たり前のような手つきで事務机の引き出しから地図と車の鍵を出した。待合室には多くの観光客の写真が飾られてあった。観光客が旅路から戻って、みっちゃんに宛てて書かれた手紙が何通も輪ゴムで止められて部屋の隅にある棚に大事そうに置いてあった。みっちゃんがあまりにも親切すぎて、後から我々に膨大なお金を請求するんではないかという疑惑が一瞬わいたが、その疑惑をかき消したのは部屋に飾ってあった写真とたくさんの手紙だった。
みっちゃんは使い古された軽自動車を貸してくれた。オートマだったので我々にも運転できた。みっちゃんから渡された地図には手書きで書かれた観光案内のようなものと、みっちゃん特有の地図記号のようなものが書かれていた。その地図を見ただけでみっちゃんの人柄がよくわかる。
我々はみっちゃんお手製の地図をもとに観光をした。我々が夕食を取る予定のところにはみっちゃんが先に予約の電話をしてくれていて、席を用意してくれていた。車で島を回る間、都会では見られない景色がたくさんあった。海も手を伸ばせばすぐそこにあった。空気も澄んでいた。反対に都会にあるものが何もなかった。コンビニもビルも大げさな広告も何もなかった。私たちはそこで2日間過ごした。充実した旅だった。
「あー覚えているよ。楽しかったよね」
友人はそう言うと、パソコンの画面から消えて、新しい缶ビールを取りにキッチンに向かった。私もそれにあわせて、冷蔵庫から新しい缶ビールを取り出して戻ると、友人はすでに画面の中にいた。そして友人は語り始めた。
「あのとき、みっちゃんが私たちと対等に接してくれたことが嬉しかったんだよね。見返りとか抜きにして私たちと接してくれたのがすごい良かった。信頼できる人だなと思った。都会だとそういう風にはならないもの。どこか知らない遠くの場所だったからあの関係性でいられたんだと思う。これは少し悲しいことだけど」
「悲しいけどそうだよね。都会だとどうしても、いろいろなことに縛られてしまうから。日常生活とか、義務とか、利害とかあらゆる不安とか。それが人同士の付き合いにもいろんな色味で滲み出てくるから、なかなか白紙の状態から付き合うってことがないよね」私は友人がしたように一言ずつ意味を確かめながら言葉を吐いた。
「あの旅のとき、帰りの電車で日常生活が近づいてくるぞっていう感じがしたのを覚えている。それだけあの旅が楽しかったってことなんだけど、生活している都市が近づいてくるに連れてその感覚は強くなった。すごい嫌な感じだったけど、今はもうこうやって普通に生活しているわけだからなんか不思議だよね、思ったよりも順応してしまっているというか」
友人と話をしながら、私たちが旅をする理由はそういうところにあるのだなと思った。
人間以外の動物も旅をするものがいるらしい。それらは「渡り」と呼ばれ、生きるために必要な食べ物を求めたり、気候の変動や繁殖を理由としている。しかし、我々はある種の娯楽として旅をする。登山家が山小屋で荷物を一度下ろして、腰を落ち着かせるように、我々は旅をすることで心の荷物を下ろす。心の安寧を保つために。
そして我々はまた、歩み始めるのである。
≪終わり≫
***
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