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墓場まで持っていけなかった秘密


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記事:塚井綾(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
内弁慶な性格だが、隠し事だけはしない人だと思っていた。
しかしそれは間違っていた。
祖父には大きな秘密があったのだ。
それは祖父の死と共に明るみに出る。
 
祖父が亡くなったのは一昨年の春。享年97歳の大往生だった。
我が家では代々、本家の長男が家の財産すべてを受け継ぐことになっている。
財産といっても家しかないので、そこへ住む長男、つまり私の父に相続されることになる。
父にはひとり姉がいたがそのことは了承済みで、特に大きな問題はなく相続を終えるはずだった。
 
相続を完了するまでには、やらなければならない手続きがある。
まず、相続手続きの方向性を決めるために遺言状があるかどうかを調べる。
遺言状の有無で相続のために集める必要書類が変わってくるからだ。
本人が作成した自筆証明遺言であっても勝手に開封してはいけない。遺言を家庭裁判所に提出して検認を請求する必要がある。
祖父の場合は遺言状を書いていなかったし、そのことは親族も分かっていたので問題はなかった。
 
次に、法律上の相続人の範囲を確認する。通常、祖父の出生から死亡までの戸籍を集めて相続人を調査する。普通に考えれば祖母、父、叔母、の3人だ。
しかし取り寄せた戸籍におかしなことが書いてあった。祖父にはもうひとり子供がいる、と。
どうやら前妻との間に息子がいたらしい。前妻の存在も、息子の存在も、初耳だった。
あの祖父が!! ドラマのような展開に家族中が腰を抜かした。
そして、全財産を受け継ぐ予定の父は「長男」ではなく「次男」だったのだ。
 
父は一見、何の動揺も見せなかったがその心情は計り知れない。生まれてからこの方ずっと本家の長男として過ごしてきたのに、いきなり「次男」だと言われたのだから。
しかし、ショックを受けている時間はなかった。今しがた存在を知った「もうひとりの息子」を急いで探さなければならない。
遺産をどのように分割するか取りまとめた「遺産分割協議書」には、すべての相続人の記名と押印が必要になる。
つまり「もうひとりの息子」に会いに行く必要があるのだ。そうしないと相続の手続きが止まってしまう。
 
どうやって探したら良いものか。
まったく面識がないのにどんな顔をして会ったら良いのか。
相続の話を聞いて何と言ってくるだろう。
どんな経緯で祖父と別れたか知らないが、何かしらの恨みを持っていたらどうしよう。
場合によっては家を売って相続をしなければならないかもしれない。そうなった場合は住む家が……
次々と不安がよぎる。
そもそも、生きているのかどうかも分からないのだが。
これがドラマだったらハラハラドキドキ、視聴者のボルテージが上がっていくところ。しかし、実際それに直面した当人はそれどころではない。
 
「もうひとりの息子」は引越しを何度が繰り返していたようだが、あちこちの役所へ出向き戸籍附票と住民票をたどっていくことで、本人にたどり着くことができた。
「もうひとりの息子」は生きていた。
 
ある日の晩、「明日、会いに行ってみるよ」と父から電話があった。一緒に行こうと叔母を誘ったが断れたらしく、ひとりで行くと言う。
電話ごしでも十分に不安な気持ちが伝わってきた。こればかりは代わってあげることができない。「きっと、いい人だよ。幸運を祈る」と電話を切った。
 
数日して、また父から電話があった。
意を決して会いに行ったところ、戸建ての家で奥様と幸せな生活を築いていたと言う。祖父とは違って温和な性格で、こちらに恨みを持っていることもなかった。
ドラマの結末としてはつまらないかもしれないが、結果的に相続でもめることはなく、家族全員がホッと胸をなで下ろしたのであった。
 
誰でも「墓場まで持っていくぞ!」と言う秘密が一つや二つ、あるかもしれない。
しかし相続に関わる秘密だけは、どうか残された者のために明るみに出していただきたい。なぜかと言うと、絶対に墓場まで持っていくことができないからだ。
言葉で伝えるのが憚られるのであれば遺言状に書き残しておくでもいいし、終活ノートの1ページに書き込んでおくのでもいい。
戸籍を見て真実を知るのと、故人の言葉で書かれた文章で真実を知るのとでは、残された家族の精神的負担が全然違うと思う。
それが今回の父を見ていて感じたことだ。
 
最後にそんな置き土産をした祖父だが、今頃天国でどうしているだろうか。
祖父とはどうしても馬が合わず、喧嘩した記憶しかない。
よく竹箒を持って追い回されたものだ。暗室に閉じ込められたこともある。
暗室は昼間でも薄暗い。電気をつけても赤く曇った光が灯るだけだ。そんなところに閉じ込められたらたまったもんじゃない。
悪いと思ってなくても「ごめんなさい」と言ってしまう。そんな場所だった。
 
お彼岸の夜、窓から吹き込んでくる少し冷たい風に当たりながら、そんなことを思い出した。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-26 | Posted in メディアグランプリ

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