敬語は万能ではないと思った理由
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記事:岡本 サキ(ライティング・ゼミ日曜コース)
敬語とは、相手に敬意を示すことばである。
私たちは生活していく中で、程度はどうであれ、何かしらの敬語表現が必要とされる。
会社で、目上の人やお客様と話すとき。
学校で、先生や先輩と話すとき。
どこかへ電話やメールをするとき。
そのほかにも、いろいろな場面があるだろう。
私は以前の仕事で、お客様からの電話をよく受けていたので、普段ではまず使わないような大袈裟な敬語を使っていた。
今話してみろと言われてもすぐにはできないが、不思議なもので、あの固定電話の受話器を持って、相手の声がするとスイッチが入ったように敬語で話すことができるのだ。
来る日も来る日も、電話に出続けた反復練習の賜物だ。
きちんとした敬語を使える人の印象とは、どのようなものだろう。
多くの人は、気遣いができるとか、丁寧とか、しっかりしているという印象を持つのではないだろうか。
決して悪い印象ではないはずだ。例外なく、私もそう思っていた。
だから、公の場ではきちんとした敬語を使えるように意識をしていたし、後輩にも「です・ます調」で話すことを心がけていた。
数年前、日本語教育の勉強をする機会があり、そのときに、改めて敬語も勉強し直した。
日本語教育とは、小中学生の国語教育とは違い、日本語がネイティブでない人に日本語を教える、つまり、一般的に外国人を対象とした日本語教育のことである。
模擬授業では、実際の留学生が協力してくれ、敬語に対する疑問をいろいろぶつけてくれた。
「なぜ、お父さんとお母さんには敬語を使わないのか」とか、「会社の中では〇〇さんと呼ぶのに、なぜ電話だと『さん』をつけないのか」とか、「canの『食べられる』と、敬語の『食べられる』の違いがわからない」とか、普段あまり気に留めていなかった疑問が出てくる、出てくる……。
日本語ネイティブでも、わからないことだらけだなぁと痛感した。
学んだことは他にもたくさんあったが、敬語については、自分の生活でも直面する疑問が多かったので、より印象深く記憶している。
敬語は、相手に敬意を示すことばである。
つまり、自分と相手は同格ではなく、相手のほうが一段上にいる、という考え方だ。
ということは、自分と相手の間には、この格の違いをはっきりさせるために、大小さまざまではあるが、溝が存在するのだ。
そして、これこそ私が、敬語が万能ではないと思った理由である。
上司と部下、従業員と客、教師と生徒など、敬語を使って立場の違いを明確にすることで、円滑にコミュニケーションをとれる場合は、その溝、つまり距離感は正しいものであるだろう。
しかし、親しくなりたい人や後輩にずっと敬語を使っていても、溝は埋まらない。フランクに話したほうがコミュニケーションを取りやすい。
以前の私は、年齢や立場にかかわらず、みんなに敬語で話したほうが丁寧だと信じていたが、それでは人との距離が縮まらないと気づいたのだ。
それと同時に、ウラを返せば、打算的に使える場面もあることも分かった。
なんだか嫌いだったり、苦手な人がいるとしよう。
その人がフランクに話しかけてきても、一貫してちょっと大袈裟な敬語でコミュニケーションをとるようにすると、どうだろうか。
相手は、「自分は親しみを持って話しているのにいつまで経っても敬語だし、打ち解けてくれないなぁ」と思うだろう。
これは、溝を逆に利用して、相手との距離を広げていることになる。
また、みなさんは、家族や恋人とケンカになったときに、「怒ってる?」と聞かれて、「怒ってません!」と答えた経験はないだろうか。私は日常的にある。
その後に続く口ゲンカでも、わざと丁寧な語尾にすることで、怒りを表現することがよくある。
家族や恋人なので、普段ならフランクな表現を使う場面で、あえて丁寧な表現を使う。
これも、自分と相手との間に、溝、つまり距離を作って、近づくことを拒否するという心の表れではないだろうか。
敬語は、薬である。
その使用法や効果を十分理解することで、とても大きな力を発揮する。
もし自分が本当に敬意を示したい相手とコミュニケーションをとるならば、素直にそれを使えばいい。相手はその敬意が、誇らしかったり、うれしかったり、なにかプラスに感じてくれるだろう。
そして、距離を取りたい相手の場合、なにか居心地の悪さに気づくことになる……こともあるだろう。
敬語は、薬である……が、万能ではない。
昔から、すべてに効く万能薬は存在しないのだ。
ときには薬も必要だが、薬に頼りきりにならず、自然治癒力、つまり自分で対処できるコミュニケーション力を身につけておくことも必要であるだろう。
≪終わり≫
***
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