「過去は変えられない、しかし、……」――これを読んだら、あれを読む――連想する読書
私の好きな言葉に「過去と他人は変えられない」というのがある。
カウンセリングを学びはじめた頃に知った言葉である。
過去の出来事は過ぎてしまったことだから、変えようがない。
他人も自分の思うようには動いてくれないもの。
叶わぬことに思い煩うことなく
「変えられるのは、未来と自分だけ」と思っていきましょう、と続く。
しかし、変えられないと思っていた過去は、本当は変わるのである。
●やがて哀しき恐竜よ、イグアノドン。
もっともポピュラーな恐竜イグアノドン、イグアナの歯と名付けられたこの恐竜は、考古学ファンの医者(あるいはその妻)が発見したという。
当初はイグアナのように、あるいはワニのように四つ足で歩く、体調70mを越す巨大な恐竜と想像されていた。
しかし、研究が進むと、どうもイグアノドンは四つ足歩行というより、二本足が基本の植物食恐竜だったようなのだ。その姿も、スマートな姿に変わっていったのである。
そして、今はどうも二本足で立っていたのは、違うようで、基本は四つ足、走る時は2本足、だったのではないか、と思われている。
古生物学の研究が進むにつれ、イグアノドンの姿は四つ足、二本足、ときどき二本足と変わってしまったのである。
様々な文書や文献が残る歴史上の人物でも、その姿は一様ではない。
戦国時代の盟主、東海道一の弓取り、狸オヤジこと徳川家康にしても、描かれる物語によって抜け目ない悪役であったり、野望に燃える武将であったりするのだ。
一つの事実も、解釈によってその姿は変わってくる。
関ヶ原の戦い、その戦で徳川家康は見事に勝つ、というのが歴史の事実だ。
だが、もし、この戦いの緒戦で家康が武田の忍びに斃されていたのかもしれない。もし、そうだとしたなら……。
史書の行間に潜む微かな不整合、その不整合には、歴史の秘密が隠されているのでは、と物語は紡ぎ出される。
「影武者徳川家康」隆慶一郎 新潮文庫 史書の微かな不整合から紡ぎ出された壮大な物語である。
関ヶ原の戦、その朝、味方の中に紛れた武田の忍びが、家康を斃してしまった。
戦の前に、総大将が倒れてしまってはその後の闘いは覚束ない。後に控えていた影武者がすかさず代わり、味方のものもほとんど気づくこともなかった。斃れた家康は百戦錬磨の知将である。影武者は姿形が似ているだけのささら者に過ぎない。影武者はどうするのか、徳川側は……。
豊臣家を滅ぼすことになった、大阪の陣は、この影武者が起こしたことになるのか、それはなぜなのか。いや、その前に影武者であることは息子の秀忠はわかるだろうし、正室や側室たちはどうしたのか。
したたかな影武者、影武者をたてざるを得ない徳川の者たち、歴史の事実を巧みに織り込み、物語は進んでいく。
文庫本で全3巻の大部の物語も、まさに巻を措く能わず、徹夜必至の作品だ。
そう、あの大阪の陣で豊臣家は滅んでしまった、秀忠の娘、千姫は、どうしていたのか。
気になる、と思っていたら、こんな物語もあった。
「くの一忍法帖」山田風太郎 これは、千姫と家康の暗闘の物語である。
大阪の陣、大阪城落城の間際、秀頼のそばには真田の忍者たちがいた、それらは、豊臣の血統を伝え、いつか徳川に反旗を翻す為である。どのようにして、女忍者くの一たちは、それぞれに秀頼の子孫を宿し、千姫と共に江戸に向かうのである。
その動きを知った家康は、豊臣の子孫を絶やすべく精鋭の伊賀忍者を送り込むのだった。
信濃くの一対伊賀忍者の凄絶な死闘が繰り広げられる。
というか、なんというか。
その忍法の恐ろしいこと、これは……と絶句と爆笑、艶笑があふれる。
例えば、「忍法筒涸らし」は、それはもう男子は恐ろしさのあまり昏倒しそうになる。
忍法の科学的なようなもっともらしい解説、歴史の新解釈、面白さてんこ盛りである。
そうか、歴史の影に名もなき者たちの闘いがあったのか、と感慨は、沸いてはこない。
いや、いくら何でも、それは……と、楽しく読める一作である。
徳川家康が影武者だったとか、恐ろしい忍法があるとか、それは物語の世界である。
実際の歴史のことでも、常識と思っていたことも、イグアノドンの復元図のように、研究がすすめが姿が変わってしまうこともある。
昭和の歴史教科書で育った世代は、平成の歴史教科書を見ると、驚くことしばしである。
例えば、聖徳太子といえばお札に使われた肖像画を思い浮かべるのだが、その肖像画にはどうも疑問符がつくという。摂政と記していない教科書もあるという。
歴史といえば、年号を覚える、というのがあった。鎌倉幕府なら「イイクニ(1192年)つくろう鎌倉幕府」と覚えたのだが、どうも、1192年ではないのではないか、と異論が多々あり、まあその辺りに幕府っぽいのができたよ。ということになっているらしい。
受験生はどうやって年号を覚えるのか、語呂合わせ記憶法の崩壊である。いやはや。
さらに、江戸時代、「士農工商」という身分制度があった、と覚えていたのだが、どうもそれも違うらしい。もう教科書には載っていないというのだ。どういうことだ!
昭和の歴史教育で培われた常識は、通用しないということなのか。
「こんなに変わった歴史教科書」山本博文ほか著 新潮文庫 に歴史叙述の変遷や最近の研究の成果が書かれている。
変えられないはずの過去も、様々な研究によってその有り様は変わってくる。
過去の事実は一つでも、その解釈は多様なのである。
私の好きな言葉も、このように変えることにする。
「過去は変えられない。しかし、歴史は変わる」 と。
まるで、イグアノドンの姿のように。
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