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ボリビアの彼が教えてくれたこと


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記事:リサ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「コーヒーにしますか、紅茶にしますか」と食後に聞かれたら、「コーヒー」と、迷わず答える。
“ Coffee or Tea?  ”と空の上でフライトアテンダントに聞かれたら、「カウフィ」と、いい加減な英語で、おそるおそる答える。
 
選択肢はいらない、いつもコーヒーだからだ。
 
コーヒー初体験は、大学受験を控えた高校3年の冬だった。
「四当五落」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
4時間の睡眠で勉強をすれば、大学に受かるが、5時間も寝てしまうようではダメだという必勝法をあらわした四字熟語で、今は、死語に近いらしい。
近年では、睡眠と脳の関係の研究がすすみ、「六当五落」という言葉もあるほど、睡眠は大切なのだそうだが、まあ、ともかく……。
1990年の受験生たちは、寝ないことが、スパルタ塾の塾長からの至上命令だった。
「今日は寝るなよ!」
「はい!」
と即答したその夜に、10時間寝てしまうような弱い意志の持ち主だった私は、それを半分以下に減らすため、ありとあらゆることを試した。
部屋中に「寝るな!」の文字を貼った。安全ピンで手の甲を何度も刺した。セロテープで上まぶたも固定した。
寝る間も惜しんで、いや、勉強する間も惜しんで、寝ないための方策を日夜考えつづけたが、どれもダメだった。
そんなとき、父がズルズルと音をたてて飲んでいた真っ黒な液体に目がとまったのだ。
美味しくもなんともなかった。しかし、ブラックコーヒーだけが、私を眠気から救ってくれ、三か月、浴びるように飲んだ末に、ぎりぎり第三志望の大学に合格できたのである。
 
それ以来のコーヒー党だ。
種類にこだわりはない。モカ、キリマンジャロ、マンデリン、どれもいい。喫茶店のコーヒーでも、コンビニのコーヒーでも、なんでもいいと言えばいい。それでよかったのだ、これまでは。
しかし――
自粛生活も板についてきたここへきて、ふと、一回くらい、こだわりのコーヒー豆を買ってみようかなという気になった。
 
友人のすすめで訪れたのは、店主自らが、世界中を飛び回って買い付けをしているという丸山珈琲という店だった。ブラジルやコロンビア産はもちろん、エクアドル グアテマラ、エルサルバドルなど、約10か国、数十種類の豆が揃っていて、そのうちのいくつかは、なんと、生産者の顔写真付きで紹介されていた。
「ジャケ買い」ならぬ、「カオ買い」したのは、日に焼けた肌と白い口髭が印象的な、ペドロ・ロドリゲスという初老男性の、ボリビア産の豆だった。
ペドロ氏は、標高1,650 mの高地にあるセラミックのタンクの中で、豆を、48時間以上発酵させ、雑味のない味わいを出すらしい。
フィルターを購入して自宅へ戻り、さっそく入れてみた。
 
しめらす程度のわずかなお湯をそそいで、30秒程度待つ。
その後に、ゆっくりと回し入れるのだと、店員から教わった。
想像よりずっと鮮やかな朱色が、白いカップを満たしていく。
 
思わずうなった。
コーヒーってこんなだっけ、と思った。鼻から抜けるさわやかさ、ベリーのような、少し酸味のある喉ごし、やがておとずれる深いコク、生まれてはじめての味わいだった。
ひと口……
ふた口……
どこまでも豊かな時間だった。
はじめての味わいは、同時に、あることを気づかせてくれた。それは、コーヒーのことだけを考えながら飲んだのも、生まれてはじめてだったということだ。
 
朝一番、出社してすぐ、会議のあと、残業中、料理や家事の合間…… もはや気付け薬のようになった日々のコーヒーは、味わうというより飲み干す感覚だった。
睡魔や勉強のイライラ、人間関係や仕事のモヤモヤ、別れた恋人に言いたかった言葉…… 一緒に喉の奥に流し込んだのは、コーヒーの苦みだけではなかったかもしれない。
 
いつものスタイルで飲んでいたら、いつもと同じだったかもしれない。今は、カップが空になっても、胸に、ほのかなときめきが残ったままだった。
腐れ縁だと思っていた友人は、実は、誰もが付き合いたくなるほどの魅力的な相手だったことに、数十年たってようやく気づくことができたのである。
 
改めて、豆のパンフレットを手にとってみる。
ボリビアは、昔から、炭鉱のまわりの集落で、思い思いのコーヒー栽培をおこなっていたが、それを、国をあげての産業にしようと立ち上がったのが、ペドロ氏だった。今では、その教えを乞うために、国中からコーヒー農家が集まってくるのだという。
コーヒーの本当の価値を、私に教えてくれた彼は、ボリビアの生産者たちの心をも動かしていた。
日に焼けた肌と白い口髭に、無性に会いたくなった。ボリビアってどんなところなんだろう、いつかペルーとセットで旅行してもいい。私の旅の理由を、ペドロ氏は微笑んで聞いてくれるだろうか。
 
せめて、その日までに、機内で聞かれたときの発音くらい完璧にしておこう!
「カウフィ! 」
 
 
 
 
***
 
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2020-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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