ポツンと五軒家の集落で学んだこと
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記事:E.MIO (ライティング・ゼミ日曜コース)
「そうじゃない!」
しわがれながらも、村の古老の鋭い声が響く。窯の補修に使う石の積み立て方が悪かったようだ。慌てて窯の崩れたところに、石を積み立て直す。しかし、その辺りで拾ってきた石を上手に積み重ねるのは難しい。その道何十年の古老のようにはいかないのである。叱咤激励されながらも、我々の試行錯誤は続く。
私は、とある農村で私は、農家の農作業を手伝っている。きっかけはちょっとした疑問からだった。私は山登りが趣味である。近場のハイキングだと、目指す山の最寄駅から登山口までバスに揺られていくことも多い。バスの車内から過ぎ行く風景を眺めていくと、大抵は、山村の風景である。谷に張り付くように、ぽつりぽつりと家があって、その周りを畑が囲んでいる。そして、畑では、村の人が作業に勤しんでいる。バスは1日数便しか通じていない集落だ。
「ここに住む人たちは、こんな不便な山奥に、どうして住んでいるのだろう?」
と、いつも私は、バスの車窓から眺めては思っていた。登山客は、山に登ることが目的だから、登山口の行き帰りの集落に、寄り道をすることはまずない。なので、私の疑問は解消されそうにはなかった。
ところが、最近、あるご縁から、ハイキングで有名な山の麓にある、とある村の農家さんの農作業をお手伝いする機会ができた。季節問わず、様々な作業に人を必要としていることもあって、ちょくちょく通っているうちに、その生活ぶりが、分かってきたのである。それは、登山で通り過ぎるだけでは分からない豊かな生活だった。
まずは、食の豊かさである。
「ほうら、食べてみろ」
いつも農作業の手伝いの合間に、古老の手には何か食べ物が載っている。栗や柿、里芋、様々な味覚がおやつになる。茹でたり、そのままいただいたり、とにかく新鮮で美味しい。
山村の村では、十分な広さの場所がなく、畑作が中心である。少しでも作物が良く育つよう、一番陽当たりの良い場所を、畑にして、逆に家の方が、日光が当たらない条件の悪い場所にあったりするのだ。しかし、その畑も、平野部に比べたらわずかしかない。そんな具合であるから、あまり農作物は豊かに獲れないのではないかと思っていた。
しかし、彼らは、その小さな畑に、様々な種類の作物や果樹を植えているのだ。だから、季節ごとに何かしらの作物が食事やおやつに上がる。
「今日は蕎麦にするぞ!」
なんてこともある、そういう時は、収穫した蕎麦の実を家の石臼で挽いて、家で蕎麦打ちだ。水を入れて蕎麦をひたすらこねていく。そして、棒で引き伸ばして細かく切っていくのだが、なかなか大変な作業だ。
「まだまだ、引き伸ばせ!」
古老に叱られながらも、できる限り、薄く蕎麦を引き延ばす。でも、打ち立ての蕎麦はシコシコしていて非常に美味しい。
もちろん、足りないものは、スーパーで買ってくるけれども、できる限り、自給自足の生活である。新鮮でおいしいだけでなく、自分たちで、食糧をしっかり確保できることの安心感がある。対して、コロナ禍で、東京23区の我が家の近所のスーパーの食料棚は、空っぽになった。人口の多い東京で、いざというときの不安が胸をよぎり、新鮮な食料がいつでも手に入る村の豊かさが身にしみる。しかも、食べた後の食料は堆肥場所に捨てて、また堆肥として土に還っていく。無駄にしないのである。
もう一つの豊かさは、周囲の自然を大切にしながらのシンプルな生活である。
「箒、作るぞ。」
古老が、切り出してきた枝を集め、鉈で、いらない小枝を切り落とし、器用に長さを整えて、ワイヤーで縛っていく。箒の出来上がりだ。
竹林で生え過ぎた竹は、切り出してきて、樋やつっかえ棒や、様々な道具にしてみる。小さく切り出して、竹細工としてかごや鞄を編んで活用する。竹細工はこの村の特産品だ。余った藁も、集めて、木槌で打って、編んで縄にしたりする。これらの手仕事を、農作業の合間に、行う。1日のほとんどは手を動かしている感じだ。
箒だって、わざわざ作らなくても、お店で買えばいいし、お店に行くのが面倒だったらネット通販で買えばいい。自ら作るなんて思いもよらなかった。簡単に何でもかんでも、手に入る現代の暮らしは便利だが、私たちは買わなければ何もできない。
「おい、そんなこともできないのか」
古老に怒られながらも、手を動かしていくうちに、少しずつ、いろいろなことができるようになっていく。ゆったりと時間が流れていく村の中で、豊かな時間の流れを噛み締めていく。
「こういう生活もいいもんだろ?」
生まれた時から村を離れたことがない古老が言う。いろいろと経験させてもらううちに、疑問に思っていた山村の暮らしたるや、一見、不便に見えながらも、周囲の自然を大切に活用しつつ、自分自身で、体を動かして作っていく、豊かな暮らしだということを知った。1日の労働の合間に、吹き抜ける風は心地よく、
空気は美味しい。
我々は二本の手でいったい、何を作っているのだろうか?
バスで通るだけだったはずの山村は、思いもかけない豊かな生活だった。皆さんも一度、足を踏み入れてみてなどうだろうか。
***
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