韓国で一畳の部屋に住んでみた
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記事:有佐ミナ(ライティング・ゼミ集中コース)
「え、ここ……ですか?」
かろうじて韓国語を、自分の口から吐き出すことができた。
目の前の光景が信じられず、思考回路は完全に止まっていたが、反射神経が反応したらしい。
「光熱費込みで月12万ウォン(約1万2千円)だけでいいよ。食堂へ行けば、朝食は毎日出るよ。トイレ、シャワーは共同。シャワーは女子の時間帯が決まってるから、あとでみんなに聞いといて」
少しでも生活費を節約したかった私は、迷うことなく即決した。韓国人の知り合いの方の紹介だし、受付の人もいるから、いざとなればどうにかなるだろう。しかも外国人の私でも、特別料金などは一切要らないという。
それにしてもだ。話には聞いていたが、ここまでとは。後日、私を心配して訪ねて来てくれた韓国人の友人も絶句していたくらいである。
ここは韓国のプサン。ワーキングホリデービザでやって来た私は、プサン到着3日目にして、格安コシウォンに辿り着いた。
コシウォンとは漢字にすると「考試院」と書き、もともとは試験勉強に集中したい人たちのための施設だったが、今では、お金を節約したい独身の会社員や、留学生などにも広く借りられている。韓国の独特の不動産システム、チョンセ(前払い金)も不要なため、お金のない若者の味方のようなところだ。
私が借りたコシウォンは、もともと安い考試院の中でも、最底辺のもので、窓なし、たった一畳のスペースで、個室に置いてあるものは机と椅子のみ。寝るときは、そこにそのまま、机の下まで布団を敷きつめて寝る。もちろん膝は曲げたまま。各個室が廊下に沿って並んでおり、男子の列、女子の列は分かれてはいるものの、音はダダ漏れだ。時折、男子の列からは豪快ないびきが響き渡った。ややもすると「ここは刑務所かも」と錯覚を覚える場所だった。
「ここで生活してていいの、私?」
と、コシウォンでの初めての晩は、悲劇のヒロインを演じて枕を濡らしてみようかと思った。が、それより眠気に負けてすぐに寝てしまった。とにかく海外では、生き抜くために睡眠が必要なのだ。
韓国に足を踏み入れた初めての晩は、見知らぬお医者さん一家にご厄介になった。いきさつはこうだ。大阪港からプサンに向かう船の中で知り合った韓国人のおばあさんが、まだ宿が決まっていない私に同情してくれ、息子夫婦の家に泊まればよいと案内してくれた。半信半疑で伺ったお宅は、立派な高級アパートメントで、医者の息子さん、美しい奥様、行儀のよいお子様2人という韓国ドラマを地でいくようなご家庭で、口をあんぐりしてしまった。
さすがに2晩目もという訳にも行かず、泣く泣く韓流ご家族と別れ、一泊5000ウォン(約500円)のヨガン(漢字にすると「旅館」と書き、安モーテルみたいなところ)に泊まった。多いに寝入っていた深夜3時ごろ、隣室から聞こえてくるけたたましい中年男女の嬌声に起こされた。それがやがて日活ロマンポルノ顔負けの音声に変わって行き、この先の韓国生活の前途を思って悲嘆に暮れた。
それを思えば、ここは安全だ。一か月分の前家賃を払ったので、期日までは入居できる。朝食もある。奇怪な唸り声を上げる中年男女もいない。いびきは聞こえるけど。
コシウォンに入居してから、一週間も経つと韓国人の友人が出来た。一人目は、ユ・チオン。私より5歳年下で、公務員試験を受けるために田舎からプサンにやって来たとのことだった。日本のアニメが大好き。
2人目は10歳以上、年上のジンスクオンニ(「オンニ」は女性が、年上の親しい女性を呼ぶときの呼称)。ジンスクオンニは暴力を振るうひどい旦那と離婚して、安定した収入を得るまでの間、ここに住むという。離婚した女性が仕事を得るのはとても大変だと言っていた。
3人目は同い年のキム・ドンウォン。男性だ。彼もチオン同様、公務員試験を受け続けているという。日本語は話せないが、英語が話せる。
彼らは、たった一人日本からやって来た私が、困らないように何かと気に掛け、アドバイスをくれた。何と言っても、韓国語で気兼ねせずに話せる相手がいるというのが良かった。安くておいしい食べ物屋さん、お得な映画館など、おかげで異国の地・プサンで暮らしていく上で必要最低限の情報は手に入った。
コシウォン生活3カ月目が過ぎた頃、転機が訪れた。プサン警察に勤めるご夫婦が住み込みで日本人を雇いたいという。条件は警察官の奥さんが帰宅後、日本語を毎日教えること。それさえすれば、家賃なしで3食食事つき。海雲台という高級住宅地にあるアパートメントで、私にも一室が与えられるという。これで足を伸ばして寝ることが出来る!ほぼ宿なし、仕事なしの私には願ってもいない条件だった。奥さんとの面接を経て、住み込み家庭教師として無事採用され、晴れてコシウォンは退居となった。
その後、この警察官ご夫婦のご家庭で一年間ホームスティをしたあと、自分でワンルームアパートを借りて一年間と少々、計2年数か月をプサンでは過ごした。その間、通訳、翻訳、観光ガイド、日本語教師などの仕事をした。
住むところなし、仕事なしの状態からよくやったと我ながら思うが、コシォンで出会ったチオン、ジンスクオンニ、ドンウォンが支えてくれたのは間違いない。チオンとはその後、ワンルームアパートに住んでいたときにルームシェアをした(ワンルームだったけど)。ジンスクオンニには、韓国人の彼氏ができたとき、二人の相性を見てもらった。ドンウォンとは一緒に映画を見に行ったり、ご飯を食べたり、楽しい時間を過ごした。
足は伸ばせなかったけど、あの窮屈な寝床も悪くなかったと、今だから言える話しである。
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