祖母から教わった人として大切なこと
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:長谷川順子(ライティング・ゼミ日曜コース)
祖母が亡くなった。
28㎏しかなかった。
驚いた。
従妹が、妖精みたいと呟いた。
もともと小柄で、お肉やお魚や乳製品が苦手で、何を食べて生きているのかという感じだった。祖母は、自分の家でつくった野菜を食べて生きていた。そんな小さな体でよく働いた。
昭和5年生まれ。19歳で結婚して、その長女が私の母だ。
嫁いだ先はとても厳しいお姑さんだったらしい。祖母は、どこからも責めるところのないよくできたお嫁さんだったようだ。母の従妹がこう言った。
米子さんは、その名の通り、縦から見ても横から見ても斜めから見てもきちんと整っていて、非の打ちどころがなかったと。
私にとって、祖母はとても優しかった。小さいころから、いつも私の好きなものを買ってくれたり、食べさせてくれたし、よく褒めてくれた。そして、いつも私が一緒に住んでいた父方の祖母のことを、おばあさんは偉いなあ、といって褒めていた。幼ごころに、なんでこっちのおばあちゃんはいつも、家のおばあちゃんのことを褒めるんだろうと思っていた。直接その人を褒めずに、一緒に住む家族、周りのひとに褒めるという、そういうことをおばあちゃんから教わった。いまから思えば、やはり祖母はコミュニケーションの達人だったと思う。
京都には、子の母方の祖父母が靴を買ってくれる習慣があり、私は足が大きくなるたびに、祖父母に靴を買ってもらっていた。そして、いつも『小学1年生』という雑誌を買って待っていてくれた。いつも近所の「司」というお寿司屋さんに、仕出しを注文してくれて、鱧の箱寿司が美味しかったのが忘れられない。冬休みは祖母の家のこたつの中で、九九を覚えた。お正月には祖父が好物のくわいを食べ、夏休みは、カキ氷機でカキ氷を作って食べた。祖母はカキ氷が大好きだった。祖父は、毎晩のように「司」に飲みに行って、祖母に叱られていた。でも、私は祖母から怒られたことがない。いつも優しかった。
大人になってからは、お盆とお正月と秋のお祭りのときぐらいしか会わなかったけれど、
祖母はいつも何かを手伝おうとしていた。お祭りのときに家に来たときは、お客さんなのに、裏方にまわって、枝豆の葉を掃除したりしていた。空いたお皿を下げたり、じっとしていられない様子だった。
「おばあちゃんはゆっくりしていたらいいんやで」と言っても、「こんなにしてもろて気づづないなあ」と言いながら笑っていた。気づつないとは、気がひけるという感じだろうか。
祖母は、家に来るとき決まって、玄関あがってすぐ、洋風の応接間のフローリングの床の上に正座して、頭を床にこすりつけて挨拶をした。大人たちが慌てて身を低くして、その挨拶に応じていた。祖母の姿を見て、挨拶とはこういうものなのかと思った。洋風の家の玄関で、立って挨拶するのが当たり前になっていたので、玄関あがったところの冷たい板の上に正座して、小さいからだを更に小さくして額を床にこすりつける姿に、皆がハッとさせられてその場の空気が変わった。一番の年長者が最も丁寧な挨拶をするのだから、無理もない。
意外なところで逢ったことがある。20代のころ、顔にニキビがよくできた。吹き出物というべきか。見かねた祖母が、有名な皮膚科を教えてくれた。「おばあちゃんも行ってるねん、手が荒れてなあ」、とよく働いて使い込まれた手を合わせ触りながら言った。私のニキビが治ってはでき、しばらくして、できては治っての繰り返しで、その皮膚科にときどき診てもらいに行った。30歳ごろだっただろうか。ある日、診察室の前で、次の番を待っていると、診察室の中から、副院長先生と患者さんの会話が聞こえてくる。
「治そうと思うなら、薬塗って手袋はめて寝てくださいね、お家で何にも薬塗らなかったら私が診てもよくなりませんから」「はい、でも手つかいますしねえ」どうやら、患者さんがお医者さんの言うことを何にも聞かない様子だ。そりゃ、治らへんわ、と思って、その患者さんを見たら、「おばあちゃん!!!」だった。
おばあちゃんは、手の荒れが全然よくならず困った様子だった。先生は、言う通りにしてくれないおばあちゃんに困った様子だった……。言うこと聞かない私の性格は、祖母に似たのかもしれない。
祖父が亡くなったとき、1週間呼吸困難で、たいそう苦しんで亡くなった。まるで全速力でずっと走っているような呼吸で、ベッドの上でのた打ち回っていた。祖母はずっと病室に付き添っていて、祖父を楽にさせてあげられなくて、何もできず、代わってあげることもできず、胸を痛めていた。その直前まで、普通に畑で働いていたので、周りのひとたちは、あっという間に苦しまずに亡くなってよかった、という印象だったようで、そんなふうに人から言われると、祖母は心外で、「おじいいさんはあんなに苦しんだのに」と思っていたようだ。
祖父の死から数年後、祖母は近所でこけて動けなくなっていたところを、たまたま通りがかったお巡りさんに助けてもらい、おんぶしてもらって帰ってきた。膝の皿を割ってしまったらしい。常に働きたい祖母が、やむを得ず、じっと寝て、足がよくなるのをひたすら首を長くして待っていた。祖母は、ベッドの上で、人の世話になるだけで、誰の世話も野菜の世話もできず、何の役にも立たないことを申し訳ないと思っていた。「おばあちゃんはいてくれるだけでいいんやで。せんど働いてきたんやから今はゆっくりするときやで」と言っても聞かなかった。よくなりかけたところへ、祖母はひとりで庭掃除をしようとして、お庭でこけて動けなくなったりして、また寝たきりが続くというのを繰り返していた。
夏の休暇で逢いに行ったときは、庭先で、豆の種を集めていた。いまは種は購入して育てるのが普通になっているが、祖母は昔ながらの採れた豆の種を大切に次に繋いでいた。叔母に言わせれば、祖母にとって命の次に大切だったらしい。
コロナの影響で、今年のお正月に逢ったきり、お盆にも京都に帰れず、祖母の顔を見られないのが気になっていた。
秋に、私はとても落ち込むことがあって、全く幸せを感じられない数日を過ごしていた。深夜、母から祖母がもう長くない、と連絡があった。母にすぐ電話した。「すぐ帰る」言いながら涙が止めどなく溢れ出てくる。「帰ってきても病室に入れへんから会えへんよ」
そんなやりとりをしているときに、どうやら祖母は息を引き取ったらしい。電話を切った直後に、病院から電話があったそうだ。
祖母の死を前にして、落ち込んでいたことが一気に吹き飛んだ。ちっぽけに感じられた。
私はいま生きているんだから、すべてがOKだと思えた。生きているだけで素晴らしいと感じられた。
祖母が亡くなった日は、ちょうど4年前に私が離婚した日だった。私の再出発の日。
おばあちゃん、私はおばあちゃんのおもいを次に繋いでいくからね。
おばあちゃんからの命のバトンを、心にしっかりと握って、祖母に約束をした。
早くも四十九日を迎えた。忌明け法要の日はちょうど祖母の生まれた日だった。
祖母はあの世で祖父に逢えただろうか。
祖母が89年を生き抜いた充実感とともに、私にじわじわと生きる力が漲ってきた。
***
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