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空模様


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:川口 公伸(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
※この記事はフィクションです
 
「もう駄目だ」
山積みになった仕事が、大きな壁となってぼくの前に立ちはだかっていた。
やらなければならない事は山のようにあるが、気持ちばかりが焦り、何も手につかないまま時間だけが過ぎて行く。
そんな状況がすでに何ヶ月も続いている。
夜も眠れないことが多くなった。
僕の心は、ちょっと壊れ始めているのかも知れない。
そう思い始めた頃、僕は現実逃避の旅に出る事を決めた。
行き先はグアム、木曜日の夜から飛行機に乗って旅立ち、日曜日の午後には帰国するという、3泊4日の行程で、旅というほどのものでは無いが、僕にとっては重大な決断だった。
そして、決めてしまうと出発の日が待ち遠しくなり、「あと何日、頑張れば」と自分を励ましながら会社へ行き続けた。
しかし、それと同時に、「本当に休んで大丈夫なのか?」と言う不安も浮かんできた。
金曜日1日休むだけだというのに、不安になるほどその頃の僕は、心が追い詰められていた。
出発当日、僕は少しでも仕事を片付けようと、いつもより早く出社し仕事に取り組んだ。
それでも、気持ちは既に旅先へ行っていて、終業のチャイムと同時に空港へ向かった。
明るいうちに会社を出たのは、かなり久しぶりのことだと思う。
空港へ着いて搭乗手続きを済ませると、空港内のレストランに入り、迷わずビールを注文した。
出てきたビールを一口飲んだ僕は心の中で、「ここまでくればもう誰も追いかけてくることは無いだろう」とつぶやいた。
こうして、僕の現実逃避の旅が始まった。
窓の外が夕陽で真っ赤に染まっていたことにも気づかないまま。
 
ピピッ・ピピッ・ピピッ
枕元で、聞き慣れた電子音が聞こえる。
現実逃避の旅に出たはずだったのだが、携帯電話のアラームを切り忘れていたようだ。
旅先で気分が高揚しているのか、二度寝をする気にはならず、陽射しが差し込む 大きな窓の方へと向かった。
ホテルに着いたのが夜遅く、真っ暗だったため気付かなかったが、窓の外には、真っ青な海と、青く高い空がひろがり、その青さを強調するように白く柔らかそうな雲がポッカリと浮かんでいる。
僕はなんだか嬉しくなってきて、窓の外に広がる空や海をもっと近くに感じられるように、砂浜へ出てみようと思い、いそいでTシャツと短パンに着替え部屋を出た。
砂浜へ出て見ると、砂は白く海の水は思ったよりも透き通っていた。
僕は暫くぼんやりと海を眺がめ、ちょっとだけ心が軽くなったような気がした。
それにしても、こんなにのんびりと空や海を眺めたのはいつ以来なのだろう。
最近は、ずっと下を向いていたような気がする。
 
それから僕は、観光をしたり、ホテルのプールに行ったりして休日を過ごした。
その間僕は、いろいろな空を眺めた。
眩しい日差しの中で見た青空。
真っ赤に染まった夕焼け空。
海に光の道を作る、月が浮かんだ夜空。
いつも空はずっと僕の上に広がっていた。
僕は空を眺めるのが好きだったのだ。
そんなことすら忘れていた。
空は変わらずそこにあるのに、人は忙しさや、その時の感情で当たり前のことにすら気づかなくなってしまう。
でも、そんな時こそ空を眺めるくらいのゆとりが必要なのではないだろうか?
 
仕事をしているときには永遠に続くのかもしれないと思ってしまう時間も、休みの日はすぐに過ぎてしまう。
気がつけばもう帰国の日になった。
午後には、空港へ行き帰らなくてはならない。
僕はお土産を買うために、ショッピングセンターなどが集まっている街の中心部へ行ってみることにした。
お土産物などを見ながら何件かのお店を周り、「次はどうしようかな?」と迷っていると、それまで快晴だった空がにわかに曇りだした。
そして、あっと言う間に真っ暗になり、「雨降りそうだな」と思っているそばから、土砂降りになった。
僕は慌てて、近くの建物へと避難し、そこにあったレストランで、少し早めのお昼ご飯を食べることにした。
レストランでは、運よく窓側の席に通され、そこからは街の様子がよく見えた。
「後はもう帰るだけか」と感傷に浸りビールを注文した。
運ばれてきた、ビールを飲みながら、なんとなく窓の外に目を移すと、さっきまでの雨が嘘のように、再び強烈な日差しが戻っていた。
そこにはいかにも休日の午後といったような、穏やかな風景があった。
そしてその様子は、僕の心に何かの変化を与えるのに十分すぎるものだったのであろう。
僕はビールを飲みながら、窓の外を眺めていたはずなのに、気づくと涙を流しながら、窓の外の風景から目を離せなくなっていた。
なぜそうなったのかは、自分でもわからないのだが、街中のおだやかな様子に見惚れてしまった。
そこにいる人達は皆楽しそうで、一人一人の笑顔まで見えてくるような気さえしてくる。
そして、刺すような強烈な陽射しでさえも、そこにいる人達や、流れている時間を優しく包み込んでいるようにさえ感じられた。
僕は、その風景に溶け込めていないことが悲しかったのだろうか?
いや、そんなことは無い、ただ、もう何年も、もしかすると何十年も触れることの無かった、風景や時間、そしてそこに漂っている空気に触れ、そんな世界があることに気づいてしまった事が、僕の心に何かしらの影響を及ぼしたのであろう。
僕は慌てて、涙を拭うと、何も無かった様にビールを飲み干した。
 
その後、ホテルに帰り、空港へと向かった。
帰りの飛行機では、なかなか沈まない夕陽を眺めながら帰国した。
僕の現実逃避の旅はあっけなく終わった。
 
翌日会社へ行くと、現実は何も変わっていなかった。
一日仕事に追われ、残業もして、会社を出た時、何気なく見上げた空には、月が出ていた。
旅先で見た月と同じはずなのに、月は小さく、光も弱く思えた。
見ている僕の気持ちがそうさせているのだろう。
それでも僕は、世の中には、あんなにも穏やかな時間が流れている場所がある事を知ってしまった。
いつか僕の周りにも、あんな風に穏やかな時間が流れるように。
そして、下を向いてしまった人達が、空を眺め穏やかな気持ちになれることを願い、僕はいつかまた旅に出るのだろう。
 
 
 
 
***

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2020-12-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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